☆ ☆ ☆
世界の全てが、自分を嘲笑ってるような感覚に捕らわれて、尊は道の真ん中でしゃがみこんだ。
雨が服に染みていく。
重く纏わりつくその重さで、体がずぶずぶと地面に沈んで行きそうだった。
裂けた指が痛くて冷たくて、無意識に噛みしめていたらしい唇が切れたのか、口の中は錆びた鉄のような味で一杯で、どうしようもなく惨めだった。
「うう…うっ」
どうして。
どうして僕はここにいるんだろう。
消えてしまえれば。
ああ、痛い。
冷たい。
暗い。
…寂しい。
「どうしたの?」
雨が止まった。
顔を上げると、有り得ないくらい綺麗な顔をした少年が、大きな紺色の傘を差し掛けて。
「どうしたの?風邪、ひくよ」
きらきらの笑顔が、おひさまみたいだと思った。
☆ ☆ ☆
小さな少年は尊を入れても、まだ余りのある大きな傘に半ば強制的に尊を入れて、商店街を元気いっぱい歩いて行く。
渋る尊の左手をしっかり握って振りながら歩くので、尊は勝手に傘から出る訳にもいかない。
しかし困ったことに少年は、初めに少し喋ったっきり、一言も喋ろうとしないのだった。
相変わらずにこにこと綺麗だったが。
「…傘、忘れちゃったの?」
何でも無い風に少年が言う。
尊も何でも無い風に首を振った。
少年の黄色い長靴がぱしゃぱしゃと水を弾いていく。
「じゃーあー…なくしちゃったの?」
「…そんな感じ、かな」
細かく言うと少し違うのだろうが、言いたくないし傘がなくなったのは本当なので、まあ問題ないだろうとそこは自己解釈をしておいた。
「そっかあ…」
何か考え込むようにしていた少年はにっこり笑って尊の前に回り込んだ。
傘がぶれ、雨が顔にかかった。
「そういえばさ、僕、君の名前、知らない気がするよ。何て言うの?」
「お前こそ。…俺は聖尊」
「えーっ?俺って、男の子だったの?女の子かと思った」
人の事、言えた義理でも無く女の子みたいな顔で失礼な事を言って目を丸くした少年は。
「じゃあミコちゃんだね。僕はひな…風宮陽向っ」
太陽みたいな、屈託の無い笑顔を尊に向けて、握った手に力を込めた。
これが尊と陽向の初対面。
尊は泣いていて、陽向は笑っていて。
涙みたいな、そんな普通の雨降りの日のことだった。
☆ ☆ ☆
風宮陽向。
初等部6年B組。
女の子を遥かに凌駕して綺麗な女の子顔で、透き通るようなボーイソプラノの持ち主。
総生徒数が万単位になる学校において、見つけられるか不安だった彼はめちゃくちゃ浮きまくっていて、尊は次の日の下駄箱にて既に彼を見つけてしまった。
と言うか、彼は尊の靴箱を覗き込もうとしている所だった。
ひなちゃんだ、風宮君がいる、と言う生徒による遠巻きな野次馬を露ほども相手にせず、彼は可愛らしく小さな唇を尖らせて黒いランドセルを揺らしながら背伸びをしている。
尊は何故だか猛烈に恥ずかしくなった。
「…何してんの」
必死に声を抑えてみたつもりの尊だが、実際はちょっと上擦っていた。
ああ、本気で家に帰りたい。
そんな尊の胸の内など、全く持って知ったこっちゃ無い陽向は昨日と同じ輝かんばかりの笑顔で尊を振り向いた。
尻尾でも生えていれば千切れそうなくらい振りまくっているに違いない。
「あ、おはよっ。あのね、今日、クラスの子にミコちゃんはD組って教えてもらったから会いに来たんだよ?」
いや、そう言う問題ではなく。
「あのさ、ここ下駄箱なんだけど…」
「うんっ」
「うん、じゃなくてっ。何で朝っぱらから俺の靴箱覗きに来てるんだよ!!」
「なんでって…ミコちゃんに会いに来たんだよ」
陽向はそう言ってにこにこした。
綺麗だと思った。
不覚にも、綺麗だと思ってしまった。
ふわふわと温かい気持ちが揺れて、体中に広がっていく。
ミコちゃんに会いに来たんだよ。
「…ふーん、あっそ…っ」
「うん」
なんだか急に照れくさくなって、尊はランドセルの肩紐を直した。