「そう思うんなら非通知着信は止めてくれる?…気味悪くて取らないよ普通」
「シンデレラ、取ったじゃん」
くすくす笑うエフェイクボイスには、全然悪びれた様子がない。私は早々に諦めた。
「で、何?用は」
「そんなの、このタイミングなんだからさー。…決まってるんじゃん?」
右京輪廻、か。
「まあ、本人の話じゃ無いんだけどね。シンデレラ、今回の依頼主、知ってる?」
「…知らないけど」
私は4代目から依頼内容を聞いて、メンバーに伝えるのが仕事だ。後、メンバーのお守り。それ以上は…契約違反になってしまう。
「依頼主は…右京輪廻の、姉らしい」
「姉…?」
じゃあ探すのなんて簡単じゃないか。
「そう、姉。両親は事故死で、祖父母共に去年死別。それで勘当されてた弟を姉が呼び戻そうと、探してるんだってさ」
よくありそうな話である。養い親である祖父母と反りが合わなくて勘当されてしまった可愛い弟を、姉が探している。
全く、普通の話だ。
「でね、ここからが重要。右京輪廻の本名は篠塚右京っていうらしいんだけど…彼、実はもう死んでんの。…10年近く前に」
一瞬、思考が止まった。
意味が理解出来ない。だってそれでは、おかしいじゃないか。だって。
「え…?ま、待って?だって…だって、ケルベロスはメールで、右京輪廻とやり取りしたことあるって」
おかしい。おかしい。それじゃあ、その右京輪廻は一体誰なのだ?
声が大きくなっていく。抑えないと。
「…矛盾してる」
「そ。ヘンな話なワケ。…リアルでは死んだはずの右京輪廻が、ネットではまだハッカーとして名を馳せてる。当然、どっちがホントなのかって、そういう話になるよね。生きてるのか、死んでるのかって」
私は息を呑んだ。ケータイを握る手に力が入る。
「…右京輪廻って、何者なの?」
あはは、と。さっきまでの真剣な調子から一転して、エフェイクボイスが笑いだした。
毎回違う声で非通知着信の電話をかけてくる、電話の向こうのその顔を、私はまだ見たことが無い。
「それを見極めるのが、今回の仕事でしょーよォ、シンデレラ?」
確かにそれはそうなのだろうけど。
じゃ、今回も頑張ろー。
エフェイクボイスはそう言ってまた笑った。
「ケルベロスとはさっき会って来たからね。また連絡するよ」
「…ん。まあ、じゃーね」
連絡するも何も、こっちはあちらの番号を知らないのだから、連絡してもらわないと…正直困る。勝手に拗ねられるのが一番大変なのだ。ましてや、電話しか対応手段が無いエフェイクボイスは一度拗ねられると手の施しようがない。
「えー?嘘ぉ…ホントは、面倒くさいとかって…思ってない?」
また声のトーンが変わる。どうやら用は全て済んだらしい。甘えたような声で、思いっきり囁いてくる。くすぐったい声だ。
もう…そんなに言うならちゃんと会いに来ればいいのにと思う。
「思ってないよ。ただ…非通知着信はホント、止めて欲しいなと」
「ふふっ、考えとくぅ。じゃーね」
止めろってば。
そう思いながらエフェイクボイスとの通話を切り、私はまた参考書吟味を再開した。
さて、どれがいいんだろう。
次週、月曜日。
「…煙草臭い」
「えー?とりあえず換気扇回してたんだけどなー」
まず吸うな未成年。
可愛い容姿をしているくせに、全く、張りぼても良いところだ。ちなみに、彼がヘビースモーカーだと知った時、わたしは彼の年齢を見た目通りだと思っていたので軽くパニックになった。だって小学生で煙草とか最悪すぎる。
ついでに、人騒がせなエセ小学生はお酒も大好きである。キューピッドさんは普通に成人しているので、酒も煙草も安易に手に入れられてしまう環境なのが、そもそも悪いんじゃないかとわたしは推測中だ。
どうせキューピッドさんは飲酒だ喫煙だなんて、止めはしないのだろうし…。
白妙さんのようにすぐに手が出るのも困ったものだが、キューピッドさんのように優しすぎるのも問題だ。本当、足して2で割れば丁度いいと思う。
「…あれ?」
なんだかんだで神戸本社、高層ビルの中。
地上32階をワンフロア丸々占拠しているケルベロスに会うにはアポが必要不可欠である。更に1階のロビー脇に設置されたインターフォンを鳴らし、本人と会話した後に直接ロックを外してもらわなければ、普通は32階に入れない。…の、はずなのだが。
「デザートフォックスだー、久しぶりッ」
いち早く相手を認識したのは勿論フェニックスだ。キューピッドさんは情報処理が苦手なので、たぶんまだ状況が飲み込めていない。
32階の扉の向こうで待っていたらしい先客は、首を少し傾げてズレた眼鏡の位置を直した。
「…っす。ああ…なるほど、そういうこと…」
年中テンションの高いフェニックスとは対照的に、気怠げな声と態度である。
学生服に青い縁眼鏡。正真正銘、隣街の中学生であるデザートフォックスだが、赤茶のハネ髪は学生にしては長すぎるし、背中に背負っているのは学生鞄ではなくギターケースだ。チャラい身形でひょろりと背が高く、姿勢も目つきも悪いため、不良に絡まれたり間違われたりすることもしばしばあるくせに、ガンをとばすどころか他人と全く目を合わせない癖は相変わらず治っていないらしい。
「Kはー?」
声と同時に飛び出したフェニックスの体当たりを軽く避けた彼は、顎を使って奥を示した。
BGMのように流れて来るのは、重苦しい、機械音。
赤いソファの奥、回転椅子に座った小さな背中。ぺたんぺたんとスリッパを履いた足で床を叩いていたケルベロスは、こちらを振り向いてつんと顔を反らし、いつも通り不敵に笑った。
「遅かったね」
「だぁってー。予約してたアップルパイ取りに行ったら、キューピッドがお腹減ったって言うんだもん」
「すみません、つい…」
つい、ケーキをホール単位でお買い上げしちゃうのはどうかと思う。
ホント、これだけ食べてるのになんで細いんだろうこのひと。
「…まあ良いか。ところでシンデレラ、今まだ昼前なんだけど学校は?」
それを言うならケルベロスは小学生だし、デザートフォックスは中学生だろうよ。この不登校児どもめ。
「代休です、ご心配無く」
「心配なんかしてないんですけど」
じゃあ聞くな。
「狐はデフォで着てるから分かってるけど、シンデレラが制服着てる意味無い気がしたし」
「ああ…」
そういうことか。そりゃあ…だって、ねぇ?
「だってなんか、このビルに私服で入るのって、気が引けるというかなんというか…」
財閥系のビルだし。そこらのホテルとかとは雰囲気が違うというか。
ごにょごにょと語尾を濁したわたしを一瞥し、ケルベロスはふんと鼻を鳴らした。お気に召さなかったらしい。
くるりとパソコンに向き直った彼は、7つあるキーボードを同時に操作して、そこら中を埋め尽くしているパソコンの画面をいくつか切り替えた。
「右京輪廻についてまず報告ね。昨日アンジェリカから連絡が入った。狼が動き出したらしい。まあでも、人伝いらしくってさぁ…曖昧すぎて使い物にならないから、詳細はエフが今調査中」
ぴろんと電子音。メールらしい。
「…訂正。動き出した狼は、今の所、ヴァレンタインが統率する一組だけ。メンバーは把握してる?」
「耳がヴァレンタイン。ミルクが牙。爪はシュガー」
実に美味しそうなコードネームのメンバーだった。
「ヴァレンタインさん…一度、お会いしたことがありましたっけ。ハーフの方ですよね」
「…知ってるの?」
白妙さんはかなり何度も顔を合わせているのだろうが、キューピッドさんが知っているとはわたしも驚きだ。ケルベロスの目がフェニックスに向く。目が説明しろと言っている。気付いたフェニックスは、テーブルにアップルパイを出しながら首を傾げた。
「んー…?あ、そうか。そういえばアイツ、一回マンションまで来てた。ドア開けたの、キューピッドだったよ」
「良い方そうでしたけどねー…とってもお綺麗で」
それをあんたが言うのか。
「…まあ顔の作りは良いよね、確かに。キューピッドより綺麗かどうかは別として」
まあそんなことはどうでもいいし。
カット済みのアップルパイを1ピース摘んで、ケルベロスは満足気に微笑んだ。いっつもこういう年
相応の子どもの顔をしていれば可愛いのだけれど。
食べ終わる前にはもう、にやりと性格の悪そうな笑いに戻っている。
「…ん、計算終了。はい、じゃあ脱いで」
…何故?
Reset...? Continue...?