生活の色がない白い部屋。置かれているのは机と椅子と棚ばかり。その全てが真っ白で一切色彩がなかった。
「初めから銀の34番をここから出すべきでは無かったんですよ。今までだってそうだったんだ、幾ら上手くいったと言っても所詮は劣化エルフです」
「街人達からも苦情が来ています。今朝も」
「知っている」
「なら!」
白衣の青年達の猛抗議にも、アトウッド博士は首を縦に振らない。
ルイの首を押さえつけたままのちはやは、その様子を目を細めながら食い入るように見つめている。小さく小首を傾げて、なにか腑に落ちないことがあるらしいが、ライルを胸に抱いて固定しているルイにも今喋るとマズいことくらいは分かる。
白衣の集団がドアの向こうを通り過ぎ、話し声が聞こえなくなってから充分な時間をおいて、ちはやが口を開いた。
「…ルイ、銀の34番ってアイツだよね?」
「?うん。それがどうかしたの」
「銀の34番は今現在、街を覆っているドームの外で街を外敵から守っています。しかし銀の34番というのは、ついさっき君達が見聞きした通り、街人からは疎まれ、研究者達は閉じ込めておきたいとさえ思っている存在でもあります。さあここで問題です。何故、銀の34番はあんな所にいるのでしょう」
頭の回転が足りないルイにアスカが助け舟を出してくれる。というか、彼女はどうやらちはやの疑問を全て代弁していたらしく、彼は凄い勢いで後ろを振り向いた。アスカが素早く両手を上げて降参の姿勢をとる。
「こういうことはみんなで考えた方が早く解決するんじゃないかと思って」
「…ボクはキミが嫌いだ」
「あら、あたいは結構ちはやが好きよ」
反省はしていないようだ。
「そう言えば、アトウッド博士は人工エルフ計画の第一人者だって言ってた。ユウも博士の声を知ってるみたいだったし…」
「やっぱり鍵になるのはあの男か」
「じゃあ博士の部屋、お邪魔しちゃいますか」
へらへらしながらアスカが混ぜ返す。
「あたい、博士の部屋も銀の34番の部屋も知ってるよ」
「…は?」
とんとんとアスカがステップを踏む。踊るような動きはアスカの癖なのだろうかと場違いなことを思った。

博士の部屋も真っ白だった。
「目がチカチカしてきた」
ルイの頭上でライルもしきりに目をこすっている。ちはやは小さく鼻を鳴らし、部屋をぐるりと見渡して一言。
「殺風景」
感想というか、客観だ。にべもないちはやに苦笑して、ルイは戸棚に並んだ本の背を撫でた。文字が読めないちはやにとってはただの景色の一部なのだろうが、文字が読めるルイにはそれが全て学問書であることが分かった。
「古いけど綺麗に手入れされてる。大事にされてるんだ」
肌触りのよい革張りの本の背に指を滑らせてから気付く。
「…あれ?」
右端の本だけ装丁されていない。それになんだか分厚くて黄ばんだ他の本より、薄くて心なしか白っぽく見える。
慎重に取り出して開いてみる。いつの間にか後ろにいたアスカがふうんと言った。
「日記ね。どうせなら絵日記にすればいいのに。文字ばっかりじゃつまんないなぁ」
「何が書いてある?」
どうやらちはやはアスカを無視することにしたらしい。ルイは何度か頁を繰った。
「えっと。サンとユンって、名前、かな…。子ども…息子?」
「…分かってから喋ってよ。分かり難い」
ちはやが溜息を吐く。
「紙とペンを失敬しようか。書き出したら分かり易くなるんじゃない?」
ちはやが、ではなくて、ルイが自分でと言う意味らしい。アスカから紙とペンを受け取って何度も出て来る2人についての記述を書き出していくと、どうやら2人とも博士の息子で兄弟らしいことが判明した。
「兄のユンは病気でずっと医者に掛かりっぱなしだったらしい。足が悪かったんだって。弟のサンはユンが大好きで、毎日会いに行ってたって書いてある。日記は17年前のユンの誕生日で終わってて、後は…白紙みたい」
「白紙?」
アスカが首を傾げる。
「うん。ほら」
ルイから日記を受け取ったアスカが頁を繰り始める。ちはやはというと読めない日記には目もくれず、何か思案しているようだ。
「17年前の日記ってことは、その2人って今はもう大人だよね。そいつらも博士になってるのかな」
一般に15、6で成人だ。ユウはまだ式に出ていないので成人ではないが。
「あ、そっか、そうだね。どうなんだろ…」
「えー、ユン・アトウッドとサン・アトウッドでしょ?うーん、いないね」
「は?」
いつの間にか日記を手放したらしいアスカが机に広げた何かに指を走らせている。写真と名前が載った名簿らしい。サルトル・アトウッドの後ろにユンとサンの名前は無い。
「研究者じゃないなら2人は何してるんだろ?」
「それよりボクは2人の顔の方が気になるんだけど」
「そう?ならあげる」
アスカが投げて寄越したのはさっきルイが手渡した日記だ。
「最後の頁に写真が挟んであるよ。それ、若い博士と息子2人じゃない?」
ちはやが最後の頁を開く。
挟んである写真は一枚だけ。写っているのは4人だ。夫婦らしい男女と椅子に座った少年とその少年の隣に立った彼より幼い少年。椅子に座っているのがユンで、立っているのがサンだろう。4人全員が幸せそうに笑っている。
「…やっぱり」
ちはやが目を細めて呟く。ルイは目を見開いた。
「ユウだ」
写真の中のユンの顔がルイの記憶と一致する。
「ユウが、ユン・アトウッド?じゃあユンはもう死んで…?」
「それだけじゃない」
ちはやの声音が硬い。
「博士が銀の34番を呼び戻さない理由が分かった。博士はアイツを呼び戻さないんじゃない。呼び戻せないんだ。ボクの勘が正しいなら」
ちはやの指がサンを示す。
「コイツが、銀の34番だ」
写真の中で笑うサンの顔が、記憶の顔と重なった。

 

 

 

 

 

 

 
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