レプサングラスと言う町がある。
蜃気楼の町という別称は、この町で常時太陽の光で熱された空気が揺らめいていることから付けられている。
アンバールからひとつ山を越えた位置にあるこの町は、アンバールの沈まずの太陽と、太陽神の船と呼ばれる通常の太陽とに常に温められている石造りの町で、いつでも蜃気楼が見られることで有名だった。

ちなみにアンバールはと言うと、クレイドアの古代魔法によって温度調節がなされているので、他の町と変わらない温度である。
もちろん蜃気楼も出ていない。

御車に揺られてルイ達が来たのは、そんなレプサングラスの町だった。
「…あい確かにー。また使ってくれや」
「じゃあ今度はもうちょっと負けて下さいですよぉー」
そう言ってするりと話をかわし、ミヨはサヤの背を押す。
ミヨの笑顔取引によって、平常よりだいぶ代金を値引きをされてしまった御者は、勘弁してくれと笑いながら去っていった。

先に会計を済ませていた二人組の旅芸人はもう町に入ってしまったようだ。
足元を吹き抜けた風に身を震わせ、荷台の外でサヤとミヨを待っていたルイは隣で同じく彼女らを待っていたユウを見上げる。
「聞いてたのと違うね…ちょっと寒いや。町に入ったら何か着る物を買わないと」
「ああ。だが前に俺がココに来た時はこんなに寒くなかったから、防寒具なんて売っている店があるか分からないぞ」
ユウはそういってため息をつくと、大きく右手を振った。
「おい、何処に行くんだ」
きょろきょろ辺りを見回していたミヨの顔がユウの方を向く。
一度大きく伸び上がってユウに手を振り返した彼女は、後ろを振り向いて手を広げている。
何か言っているらしい。
その様子を横目で見ながら、ルイは肩の上で寝ぼけているライルの頭を軽く叩いてから立ち上がった。
ライルがルイの動きにあわせて飛び上がる。
ルイは自分の頭より遥か上にあるユウの頭に向かって微笑んで見せた。
「僕、先に町に入ってるね。宿の確保しとくから」
風に煽られた前髪を顔の右半分ごと片手で抑え、ルイの言葉に彼はもうひとつため息をつくことで答えた。 

大陸の中心には巨大な街があった。
カネディアと呼ばれるその街は同じ名前を持つ美しい城を囲うように広がり、国内だけで無く、西の沿岸部にあるアルゲイポンテスを経由して海を隔てた諸外国との交流も盛んだ。
「無事にカネディアに着ければ後はなんとかなる」
宿の白いベッドの上に地図を広げ、ユウは前髪を手櫛で梳いた。
その隣で彼の話を聞いているのかいないのか、ミヨは枕とライルを抱いてベッドの縁で足を揺らしてご機嫌のようである。
彼女とサヤは先ほどまで、3日間荷車で揺られ続けすっかり埃っぽくなってしまった体を、宿の女将さんに頼み込んで洗っていたらしい。
髪から落ちる水の雫石でライルと遊びながら、ミヨは地図へと顔を向けた。
「ここからは歩きだとして…カネディアまでどのくらいかかるですか?」
「はっきりとは分からないが恐らく早くて1月、か」
一気に黙り込んでしまった一同を見回して、ルイは精一杯微笑んだ。
「…じゃっ、明日は町を見て回ろうね」

暑い地方の食べ物は食欲をそそる濃い味付けで、強い香りのものが多い。
自己主張の強い香りが入り混じる中、何か香ばしい香りが鼻腔を擽る。
雑踏の中、ミヨは道のど真ん中に陣取って手元の財布を覗き込んでいた。
「干し肉に塩漬けのお魚、干し飯と後は…乾燥野菜。うーん、食べ物ばっかりなんです」
整った顔をしかめてミヨは首を振る。

因みに一行のお金は全て彼女が保持していたりする。
当初は一番年嵩のユウが持っていたのだが、金銭感覚というか、交渉の類をやらせると彼女は天才的に上手いので、彼女に財布を持たせておくべき、と流れ的にそうなった次第である。
年が年なので旅立つに当たって貯えがある訳も無く、だから彼女らの資金の殆どは、ユウが塔を出る際にその辺のものを手当たり次第適当に持って来た幾らかの魔法具を、ミヨが売り捌いて得たお金であった。
かなりえげつない笑顔交渉を行ったので、それなりに財布は潤っているものの。
「うー…後、お金があったらローブも…いえ、寒いのはちょっと我慢です。宿代とか、少しは余裕を持って…むむう」
だんだん険しい顔になっていくミヨを後ろから見守っていたサヤが、見かねて恐る恐る声をかけた。
「あの…ミヨ?そろそろ動かないと、暗くなる前に帰れなくなると思うんだけど」
ミヨは反応しない。
サヤは困り果てて溜め息をつき、ミヨの小さな背中に手を伸ばす。
サヤの手が触れる一瞬前にいきなりミヨが顔を上げ、サヤは当然、びっくりして手を引っ込めた。
「決めたのです」
「な、何を決めたのですか」
真剣さに押されたのか、単に驚き過ぎたのか思わずサヤまで敬語になっていた。

「やっぱりお買い物は楽しいですねっ。心が躍るですよ」
沢山紙袋を抱えてミヨはご機嫌である。
そのミヨの少し後ろを、これまた沢山の袋を抱えたサヤがこちらはかなり疲れた様子で歩いていた。
「ねえ、そろそろ帰りましょう。私、お腹すいちゃった」
赤らんだ空が街を染めていく。
まるで魔法のようだとサヤは思った。
しばし、空を見上げて立ち尽くした彼女は。

街中に響き渡った怒声で我に返った。
来た道の方角だ。
「何かしら」
「喧嘩ですかねー…あ、何があったんですか」

手近にいた見知らぬ男にミヨが気安く声をかけた。
男は、一瞬小さなミヨを見つけられなかったらしく辺りを見回し、それからすぐ下のミヨに目を向けた。
「おお、そこか。…いや、よく分からんが多分、黒頭巾が出たんだと思うぞ」
「黒頭巾ってなんですか」
頭巾が何をすると言うのだろうか。
サヤも首を傾げた。
「この辺りに出る賊だよ。たっぷり稼いで調子に乗ってるようなヤツばっかり狙ってかっさらって行く」
「ふぅん…」
そんな話をしていると、人混みを押し飛ばすようにして頭巾を被った子ども達が飛び出してきた。
小さなミヨよりも更に一回り、下手をすれば二回り以上も小さい。
「のけ、のけーっ。黒頭巾だ、のかないとついでにかっさらうぞ」
子どもの1人がロクに前が見えていないミヨにぶつかった。
「わ」
くるりと体を回転させ、なんとか踏みとどまったミヨが、何かに気付いて声を上げた。
物凄い形相で走っていく子どもを睨みつけ、サヤに袋を押し付けて勢い良くその後を追いかけていく。
「え、あ、ちょっとっ。ミヨ?」
「待つですよ、このこそ泥野郎、ミヨの財布返すですっ」
「嫌だね。スられるあんたが悪いんだよっ」
大きな頭巾の下から癖の強い黒髪を覗かせた少年が、走りながら舌を出す。
足だらけの道を凄い勢いで駆け抜け、開けた場所まで出るや否やミヨは足を緩めず魔法具を呼び出した。
召還系の魔法が得意なミヨは、いつも魔法具のベルを異空間に収納しているのだ。
「我が真名の契約に従いて汝彼の者を捕らえよ、シルフィード」
ミヨの呪文に感応して、空間に亀裂が走る。
異界より呼び出された風の化身が、人の足など比べ物にならない速さで駆け抜け、黒頭巾の1人の頬を掠った。
「そのまま囲って捕まえるですよっ」
怒り心頭と言ったミヨがベルを甲高く打ち鳴らす。
例の少年が駆け戻って来て、腰から短剣を引き抜いた。
「護方陣、風糸」
辺りに一瞬紫電が走り、風が止まった。
驚いたのはミヨである。
「あ、あれ。シルフィードが…」
状況が掴めずミヨがパニックに陥っている間に、黒頭巾にはすっかり逃げられてしまった。

 

 

 

 

 

 
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