ルイは顔を上げた。
町外れである。
急に動いたので、ルイの肩に乗っかってうたた寝していたライルがバランスを崩して床で頭を打った。
情けなく鳴いて頭を前足でしきりに擦るライルを抱き上げて、ルイは後ろにやってきたユウを見上げて眉を顰めた。
「さっき…空間が歪んだ感じがした」
くー、とライルが不安げに鳴く。
「多分、ミヨの召喚魔法だと思う」
微かに顔をしかめたユウが、瞳を泳がせる。
「…近いな。入り口の…広場の辺りか」
若干早足で歩き出した彼らの前方、何かが紙袋に埋もれていた。
ひょこひょこと時折覗く丸帽子には見覚えがある。
「あれ、何してるのサヤ」
「あ、ユウ…に、ルイ?ちょっと助けて…」
ルイの位置からは彼女の顔は見えないものの、彼女の位置からはユウは見えたらしい。
ユウはまた不機嫌そうな仏頂面のまま屈み込み、袋を3つ掴み上げた。
「よくもここまで買えたものだな。後で持ち帰ることを考えなかったのか」
呆れた風に言う彼にサヤは困ったように首を傾げた。
「半分はミヨが持ってたのよ。でも、さっき財布がどうとかって、走って行っちゃって…」
「…ったく。アイツは…」
不機嫌そうなまま露骨に眉をしかめたユウは、包みを片手で抱えて走り出した。
「あ…ちょっと。何処行くの」
「このまま追いかける。すぐに戻る」
とか何とか言っている間にユウの長身は角を曲がって行ってしまい、後に残される形になったルイとサヤだった。
2人はどちらとも無く顔を見合わせて、困ったねと言った。

首根っこを掴まれた子猫のような状態でユウに連れ戻されたミヨは、魔法を使用した事をあっさりと認めたが自分が間違った事をしたとは全く思っておらず、挙げ句あちらが悪いなどと言い出す始末。
ユウは塔の生徒では無いので早々に言い聞かせるのは諦めたようだが、生徒である上に同学年だがとりあえず年上なので何とか反省させたいルイとサヤである。
「あのねミヨ。ここは塔の実習館とは違うんだから、結界も張らずに召喚魔法を使ったりしたら危ないんだよ?召喚魔法は他の魔法よりリスクが高いんだし」
「そうよ?ミヨ自身も危ないし、空間が歪んだ時に魔力が逆流でもしたら洒落にならないわ。周りのひとまで巻き込むかもしれなかったの。そんなことになったら大変でしょう?」
ベッドの端で髪を梳いているミヨは話を聞いているのかいないのか、指に引っかかった髪を弄くりながら、唇を尖らせた。
「でも、ちゃんとひとが周りにいない所で召喚したですよ。それに、シルフィードは契約召喚ですから、よっぽどじゃない限り、暴走なんてしないのです。そりゃあ、方陣を描かずに発動させたのは悪かったと思うですけど」
反省する気は全く無い、と言う態度のミヨ。
だって、と身を乗り出す。
「だってミヨの財布スったんですよっ。あぅ、防寒具だって買えたんですから…寒いけど、我慢してっ…今後の予算に回したですのに…それを…それをっ」
だんだん恐ろしい顔になっていくミヨに怯えてライルがルイの腕に巻き付いた。
恐怖で蒼白になった顔をひきつらせてなんとか笑みの形を作り、半泣きで石化しているルイとチェンジしたサヤは、悪鬼と化したミヨにおっかなびっくり声をかけた。
因みにユウは見ない振りを決め込んでいる。
「ミヨがとっても怒ってるのは分かったわ。だからねミヨ、先ずは落ち着きましょ?」
「落ち着いてるですよっ」
全くもって落ち着いていないミヨである。
魔力制御に気が回っていないらしく、漏れ出た魔力に黒髪を踊らせている。

サヤは焦った。
彼女の心境は穏やかではない。
サヤは基本的に刺激に弱いので、実際ルイの後ろに隠れて泣き出したい気分だが、肝心のルイが石化してしまっているので仕方ない。
ユウとは未だあまり打ち解けていない事が今更悔やまれた。
長身の彼は元々誰ともあまり打ち解けていないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
泣かないように奥歯を噛み締め、自分を景気付けながらサヤはミヨに引きつった笑みを向ける。
兎も角、今の状況は悪すぎるのだ。

「うん…そうだね。じゃあ、魔力の制御をしてね」

魔力の満ちた場所に魔法使いがいる、と言うのはガスが充満した部屋にマッチを放置しているようなもの。
何かの弾みで魔力に干渉があった場合、取り返しのつかない事態にならないとも限らない。
現に魔法使いが街をひとつ、怒りに任せて消し飛ばしたと言う事件もあったのだ。
特に今の場合、ミヨが怒りに我を忘れているようなので、かなり深刻な危機が現在絶賛進行中である。
ミヨを刺激せず、且つ速やかに、魔力制御を実行させなければ、彼女達もまた危険なのだ。
サヤは必死である。
ミヨの常識に頼るしかないこの状況。
かなり辛い。
かなり辛いが、ここが頑張り所だ。
「ほら、一緒にひとつ深呼吸しましょう…吸ってー」
サヤの声に合わせてミヨの肩が上がっていく。
「…吐いてー」
大きく吐き出された息と共に、溢れ出ていた魔力が薄れていく。
どうやらミヨは若干落ち着いたようだ。
サヤは胸をなで下ろした。
「…それで?」
ミヨが落ち着いたのを見計らってユウは腰をあげ、戸口の脇にとりあえず積み上げた紙包みを物色。
林檎をひとつ取り出した。
ミヨの頭にそれを乗せ、彼は壁に体重を預けて腕を組む。
「財布を摺られたって、何処でどんな奴に摺られたんだ」
「場所はあの市が出てた広場です。黒頭巾に摺られたんですよ」
林檎にかじりつきながらミヨ。
彼は眉根を寄せた。
「黒頭巾?なんだ、それは」
「なんか盗賊みたいなものらしいわ。ここらでは有名なんですって」
サヤはすかさず口を挟んだ。
当時を思い出して、またミヨが暴走しても困る。
ルイはだいぶ復活していたが、未だ戦闘不能状態だった。
「盗賊…頭巾のか」
ユウはどうやらまだ何か勘違いしているらしい。
「いや、そうじゃ無くて。黒い頭巾を被ってるって意味なのだけど…」
「今度見かけたら、ただじゃおかないですよぉ…。絶対絞めてやるですから」
「死ぬからやめろ」
再び殺気立ったミヨを冷めた目で見やり、ユウが冷静に突っ込んだ。
組んでいた腕を解いた彼は右手で無造作に前髪を梳く。
「旅の貯えもそうだが、財布が盗られたとなると宿代が問題だな。いくらかは油を売れば何とかなるが…少し稼いで置かないとキツいかもしれん」
「でも…ミヨ達でお仕事なんて出来るですか」
お金の話になると急に背筋を正して、現実的になるミヨ。
働き手を探している者達にしても、お金を払わねばならないのだから、非力な子どもは雇ってはくれまい。
ルイやサヤは今までお金についても頓着しない、というか基本的にお金を保持していないので頓着する必要が無かったため、そういう類にはとんと疎いのだが、ミヨは違う。
お金はそう簡単に手に入るようなものではないと、彼女は知っているのだ。
「街の西側で道を作っていた。明日そこへ行ってみる。俺だけなら、なんとか雇ってくれるかも知れない」
それなら、と頷いたミヨを振り向いて、ユウは決まりだ、と言った。
何はともあれ、丸く収まったとサヤは内心、胸をなで下ろした。
「じゃあ…私たちの予定は明日立てるとして、もう休みましょう。今日はもう遅いわ」

 

 

 

 

 

 
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