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灯石を一目見るべく建物を出た一行は、辺り一面に敷き詰められているという灯石の、そのあまりの美しさに息を飲んだ。
様々な大きさの淡い青色の光が暗い森を照らし出し、まるで満天の星空のようだ。
「すごい…綺麗です。まるで生きてるみたいですね」
「生きてるよ。生き物だから」
ミヨの言葉を受けたユウはさも当然とばかりにそう言って、ごく小さなそれをミヨの手のひらに乗せた。
「動いてるだろう?」
見た目には動いている風ではないが、直に触れているミヨにはなにかしら伝わったようで、彼女はもとより大きな瞳を更に大きくして驚きを表現した。
ルイと一緒にその様子を覗き込んでいたサヤは首を捻る。
何か腑に落ちないらしい。
「これ…塔の入り口にある蒼星羽に似てるわ。でも…形は随分と違うし…」
「同じものだ。大体2年から3年でああやって変態する。正式名称は蒼星虫。灯石って言うのは俗称で、この…幼虫の時期を指す」
「幼虫?踏まれても平気なの?」
驚いて足を引いたルイは素っ頓狂な声を上げた。
夕方、気付いていない間に盛大に踏みつけたかも知れないと思ったのである。
「平気だ。幼虫と言っても、生命活動は殆ど植物と同じだし、硬度は大抵の鉱物を凌ぐとも言われてる。灯石ってのは強ち伊達じゃあない」
「あっちにもっと大きいのがあるみたいです。見に行くんですよ」
ぴょんぴょん飛び跳ねるようにして走り出したミヨをユウとサヤが追いかける。
ルイも後に続こうとして、ライルがいつの間にか頭上から消えていることに気付いた。

慌てて辺りを見渡すと、少し離れた茂みから白くて長い尻尾が飛び出しているのが見える。
ルイは蒼星虫を踏まないように注意しながら小走りで近づいて、その白い体を抱き上げた。
「こら、なにやってるんだよライル。はぐれたら大変だろ、もう…ん?」
白いライルの体の向こう側、何か白いモノがちらちらしている。
不審に思ったルイは暴れようとするライルを左脇に抱えて右手を伸ばしてみた。
なかなか掴めないので段々ムキになって手を動かしていると小指の先に何かが引っかかった。
「お、やった…っ?あ、駄目、うわわ」
引っ張ろうとしてバランスを崩したルイはそのまま茂みに突っ込んで、滑り落ちた。

坂になっていたらしい。
「いったあ…。ごめんライル…大丈夫?」
「…それより、押し潰したこっちに謝罪は無いの?」
「え?」
聞き覚えのある声に下を見ると見覚えのある不貞不貞しい顔がルイを見上げている。
遠慮なく思いっきりしかめられたその顔は紛れもなくちはやのものだった。
どうやらルイはまたちはやの上になだれ込んだらしい。
「あ、あれ、ちはや?わ、ごめん、重いよね…?」
慌ててルイが腰を上げると、彼は溜め息混じりに頭を振って髪に絡みついた枯れ葉を落とした。
「いや、別に重くはないんだけど。むしろ裕福なクセにちゃんと食べてんのかとか思うくらいなんだけど。もう、ホントにさあ…なに、キミはボクを踏み潰すのが趣味なの?雷ぶった斬るし」
雷はあんまり関係無いが、そう言いながら体を起こしたちはやにルイはうなだれた。
「ごめん。別にそう言う訳じゃあないんだけど、結果的に何故だか踏みつけちゃうみたいと言うかなんというか…ってあれ?ちはや、君、レキと一緒に帰って来たんじゃ…?」
「言っとくけど」
ルイが言い終わるのを待たずに振り向いたちはやは凄い形相をしていた。
「…このボクが、レキなんかに連れ戻される訳ないでしょ。そろそろ飯時で人手が足りないだろうから帰って来たに決まってるじゃないか」
ルイは別に連れ戻したとは言ってないのだが、どうやら彼はレキに連れ戻されるのが相当嫌らしい。
非常に分かりやすい反応だった。
さらにそんなちはやに対しても、なんの疑いも持たずに頷くルイ。
確かにちはやはレキに連れ戻されたりしない気がした。
「そっか。あ、でもじゃあなんで中に入らないの?」
「それは…まあ…さっき、あの黒い髪の女がいたから…その…昼間は、ちょっと…やりすぎた、かなって…」
要は謝ろうと思って待ち伏せしていたらルイが上から落ちてきたということらしい。
つくづく、ちはやの運が悪いのか、ルイの間が悪いのか、恐らく両方だがともかく上手く行かない2人だった。
「そうだ。じゃあ、ちはやも一緒に行く?僕、これからみんなを追いかけようと思ってるんだ。ライルも捕まえ…」
喋っている最中だったが、急に言葉を切ってルイは辺りに視線を走らせた。
これまた同時くらいに異変に気付いたらしいちはやが、鼻を蠢かす。
「…風が止まった」

鋭い感覚だ。
危険は確実に察知している。
ルイは腰のホルスタの留め具に指を伸ばした。
この感じは良く知っている。
空気が止まる、空間が歪むこの感じ。
魔法だ。

「おかしい。長すぎる…なんだ…?」
極限まで張り詰めた水面の膜のように、強い魔法が作用する前には空気が止まる。
それをちはやは感じとっているらしい。
魔法の心得があっても気付かないことが多いのだが、大したものだ。
辺りは蒼い光が何事もないかのように輝いている。
「ちはや」
ルイはちはやを見ずに彼の名を呼んだ。
「今からすぐに建物に戻って、絶対に誰も外へ出さないようにして」
「は?何を…」
「早く。お願いだ」
何か言いかけた彼の声を強い語調で制して、ルイは畳み掛けた。
「絶対に、何があっても、扉を開けないで」
ちはやが走りだしたのが分かる。
全く無駄な動作は無かった。
迷っていない、その証拠だ。
ルイは寄ってきたライルを左手で一度だけ撫で、右手に黒棒を握って一気に伸ばした。
「…大丈夫。大丈夫…絶対、逃げない」

自分は、強い。

押し潰されそうな恐怖と、魔法圧、なにより止まらない体の震えに対してそう言い聞かせ、ルイは右手の黒棒を回して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 
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