青い光に彩られた夜の森を、ルイは一心不乱に走りつづけた。細かい切り傷が無数に出来たが、痛いなんて言っていられない。
先ずは3人に合流するのが目下の目標だ。
初めの内、普通に走っていたルイは、途中で気付いて草木に隠れるように前傾姿勢をとっていた。
「どこ…?一番、魔力が強いのは…」
相変わらず空気は張り詰めたまま、辺りを探ってみても、どこも同じ位の濃度で魔力が充満しているように感じる。
ルイは自分の魔力の無さを呪った。
サヤくらいの魔力があれば分かるのかも知れなかったが、ルイの魔力はサヤの半分にも及ばない。
内心焦っていると前を飛んでいたライルが急に左の茂みに飛び込んだ。
一瞬迷ったものの、ライルの後を追って茂みに突っ込むと何かにぶつかった。
思わず閉じてしまった目を開くと、無意識に掴んでいたのはライルではなくユウの上着の裾だと分かった。
「あ、アレ?ユウ、なんで」
「ルイか。…よく分かったな」
台詞の後半はルイではなく、後ろのサヤに向けたものだったらしい。丸帽子を胸に抱いた彼女は汗だくで、右手に魔法具の杖を握っていた。
「ルイはね…なんとなく…。ミヨも分かるし…だから、違うなって…強くて…塔に来たのと、近い感じ…持って行かれそう」
サヤはどうやら辺りの魔力を探っているようだ。固く瞑った目の上にも汗が筋を作っている。
ミヨは左手にベルを握り、右手で印を結んで昼間にも使用していたシールドを呼び出した。
「一回目は多分なんとかなると思うんですけど…保つかどうかは怪しいですよ」
「充分だ。ロスさえ稼げればそれで良い」
戦いにおいて、一番困るのは敵の位置が正確に判らないことだ。次に敵がどんなものか判らないことが上げられる。
4人の中で一番戦慣れしているのはルイではない。ユウだ。
彼は先手を許す代わりに、その両方を見極めるつもりなのだろう。昼間の騒動でミヨのシールドが直接打撃に全く機能しない訳ではないことを彼は知っている。
打撃がシールドを食い破る時に若干生まれるロスタイム。あれだけのロスタイムがあれば確実に避けられる自信があるのだ。
「目を閉じるな」
ユウの掠れた声が囁く。
「見落とすな。見えれば…出来る。信じろ」
必ず探し出す。そう決めた。
必ず見つかる。そう信じた。
「…来る」
サヤの声が聞こえた次の瞬間。
何か丸い、黒いモノが飛んでくる。
ユウが動いた。
「構えろ!」
右腕でルイの腹を横から引っ掛けるようにして殴り飛ばしざま、両脇にそれぞれサヤとミヨを抱えてユウは一気にシールドから外に出る。2人をそれぞれ別の茂みに放り込みながら片足で着地した彼は、両足が地に着く前に地面を蹴った。
樹上から、今度は尖ったモノが飛来する。念の為、左右に嵌めた鉄甲で逸らしたユウは、思いがけず響いた金属音に眉根を寄せた。
ナイフだ。
樹上から飛び降りて逃げようとする影を追い掛ける。
距離を詰めて殴り飛ばすと、木に叩きつけられた影がよろめいた。速度を緩めず完全に追いついたユウは影の首を掴んだ。
「誰だ、お前は。塔を襲ったのもお前か」
「…らさえ」
「?」
よく聞こえない。
囁くような音量の掠れた声は獣のうなり声のようで、前半が聞き取れなかった。
「ユウ、大丈夫?」
ルイ達が追いついてきたらしい。風が吹き、月光が差した。
影に光が当たり、顔が露わになる。
ユウは目を見開いた。
「お前は…っ」
「クロウ…?」
彼の名前を呼んだルイの声が震えている。
ユウに首を掴まれているクロウは、爛々と輝く瞳でユウを睨んでいる。彼の瞳が明るく淡く輝きを増していく。それに呼応するかのように彼の茶色い髪が黒く変わっていく。
すっかり別人のようになったクロウは、左目に掛かるように施された刺青を歪めて歯軋りをした。
「お前らさえ、いなければ…っ」
「!」
腕の力は緩めていない。しかしクロウの体はいつの間にか、ユウの腕の中から消え失せていた。
周りを見渡すも、彼の姿は無い。
風が吹いて、木々が揺れる。
「…戻るぞ」
レキに…ちはやに、聞かなければならないことが沢山あった。
黒棒を握ったルイが先頭に出る。ミヨとサヤを間に挟んで最後尾を歩きながら、ユウは密かに唇を噛んだ。
気付かなかった。
つけられていたことにも、逃げられたことにも。
気を抜いていた訳ではない。気を抜いてなどいなかった。
全く、気配が感じられなかった。
あれだけの強烈な殺気を、あの間合いでさえ、全く感じ取ることが出来なかったのだ。
彼は自分達のすぐ近く、ほんの数メートルという位置にいたのに。
あそこまで詰められていたなんて。
守らなくてはならないのに。
自分は、何があっても、この3人を守り抜かなくては。
あのひとが、頼むとそう、言ったのだから。
ユウは握った拳を額に当てた。
もっと強く。もっと敏感に。
もっと、力を。
今のままでは、到底足りない。
ユウは睨むように前方を見つめた。
ちはやはドアの前に座り込んでいた。
遊んでいると勘違いしているらしい、ちはやと歳が近い男子連中が絡んで来たが、今は極力無視だ。
「なんだよ、いっつもの威勢はどこ行ったよ?ちはやが黙ってるなんて気味悪いよな」
「…じゃあどっか行けば」
「ヤだよ。ヒマだもん。ちはやこそ、晩飯の手伝いも風呂焚きもせずに何やってんだよ」
「別に、お前らには関係無いでしょ。それに、やることなんて、いくらでもあると思うんだけど。そんなだからいつまで経っても街に下らせてもらえないんじゃないの」
我慢するつもりだったが、一言言い返してしまうと口を突いて声が出る。
どうやらちはやは言われっぱなしを許せるほどの寛容な神経は持ち合わせていないらしい。
口で適わないことは分かっている男子連中が、口が立つ分小柄なちはやに手を伸ばそうとする。
しかし彼は依然として座り込んだまま動こうとせず、自分より大きな少年達を睨め上げながら火が付いたように皮肉を言い続けるので、辺りの空気は悪くなる一方である。
そして正に取っ組み合いの喧嘩が始まるかと言う時、騒ぎを聞きつけたらしいレキがやって来た。
見れば沢山の子ども達が玄関前の廊下にあるドアから顔を出して様子を窺っている。
「こら。お前ら、片付けもせずに玄関口でなにやってんだ。そんななら明日も風呂焚きさせるぞ」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、ちはやに集っていた少年達が台所に走っていく。
後に残ったちはやを見てレキは溜め息をついた。
「お前なあ…サッサと飯食いに来い。話は後で聞くから」
「話はいい」
「…なんかあったのか」
「分からない。あると困るからここで待ってる」
「何を?」
「…来た」
ちはやは片膝をついて半身になり、左手をドアに付けて右手に短剣を握った。