建物まで無事に帰って来た一向は、それぞれ手にしたままだった魔法具を異空間に片付け、申し訳程度に身形を整えた。ルイは全身傷だらけだし、ユウは服の袖が裂けているし、サヤとミヨも汗だくなのであまり意味が無いが、せめてもの気持ちである。
気持ちは大事だ。
一番初め、扉を開けようとしたルイをユウが止めた。
「待て。…誰かいるぞ」
ルイと入れ替わったユウは3人を十分に下がらせた後、体全体を扉に付けたまま取っ手を回した。
ユウが引くより早く扉が勢い良く開く。続いて飛び出して来た人影の腹目掛けて蹴りを放とうとした彼は、すんでのところで足を止めた。
「…ちはや、か」
4人の顔を確認したちはやは握っていた短剣を腰に仕舞った。
「なんだ…。なに、その嵐にでもあったみたいな格好。何かあったの?」
「うん…まあ」
まさかクロウに奇襲を仕掛けられたとは言えず、ルイは言葉を濁した。一瞬眉をしかめたちはやは頷いて、閉まりかけた扉をもう一度しっかりと開く。
「…とりあえず、入りなよ。応急手当てくらいのことしか出来やしないけど、何もしないよりはマシでしょ」
なんだかんだ言いながら、ちはやは優しいなあと思うルイだった。
また居間に通され、レキが水と粥のようなものが入った椀を手渡してくれる。有り難く受け取って一口啜ると、ぴりりと甘辛い味がした。
「少なくてすまんな」
「いえ、そんな。凄く美味しいです。あの…何が入ってるんですか?」
サヤがレキにレシピを聞いている。ルイは椀から口を離して、奥から何やら色々と抱えて来たちはやに話しかけた。
「あのさ、クロウって…今、どこにいるの?」
「クロウ?…さあ。知らないけど」
持ってきた中から草をいくらか摘み、手慣れた手際で揉んだ彼は、それをそのままルイの傷口に押し当てた。走り抜けた激痛に思わず悲鳴を上げかけたルイは、唇を噛んで必死に声が漏れるのを防ぐ。その様子を上目遣いで窺っていたちはやは、右の眉を少しだけ上げた。
「きみ、思ったよりも根性があるみたいだね。もっと無様に泣き叫ぶかと思ったのに」
そう言いながら空いた左手で今度は麻布を裂いた彼は、口と左手を器用に使って手製の包帯をルイに巻いた。
「この薬草は、かなり染みるんだけど、その分良く効くからすぐ治るよ」
随分と原始的な荒療治だが、成る程、既に出血は完全に止まったらしい。少し動かしてみて包帯が動かないことを確認したルイはちはやに礼を言った。涙声になっていないことを祈るしかない。
そんな2人を途中から観察していたミヨは、ここぞとばかりに身を乗り出してちはやの袖を引いた。
「ちはやくん、これってもしかしてビィトじゃないですか?」
目が爛々と輝いて、軽く怖い。更にいつの間にか、ちはやくん呼びになっている。もう怒っていないらしい。
「ん?ああ…そういう風に商人は呼ぶけどね。ボクらはクロハナって言うよ」
「ビィト?クロハナ?」
ルイは首を傾げた。どちらも聞いたことが無い名前だ。
「凄く貴重な薬草なんですよ。名のある調合師なら、いくらお金を積んででも欲しがるくらい、良く効くんですけど、手に入れるのが難しいんです」
「だが良く効く分、副作用も強いから、使い方を誤ると強い毒になる」
ミヨの微妙に偏った説明をユウが補足してくれる。ちはやは物欲しそうなミヨに一枚だけビィトを手渡した。
「汁を揉み出して使うと傷によく効く。でも生のまま口から摂取したら、劇薬になるよ。一発で内臓がやられるし、死ななくても強い中毒症状が出るんだ。甘い匂いにつられて死ぬヤツが後を絶たない」
馬鹿ばっかりだよ、と吐き捨てるように言って立ち上がった彼にユウが声をかけた。
「ちはや、クロウがどこの出身か知っているか」
「…知ってどうするの」
敵意剥き出しのちはやにユウは何も言わない。元々目つきが良いとは言えないユウと、明らかに睨んでいるちはやの間に流れる空気はお世辞にも良いとは言えない。ユウは一度目を伏せ、また彼の瞳をまっすぐ見つめた。
「ついさっき、クロウに逢った」
はらはらしながら見守っていたルイは思わずユウの裾を引いた。
彼は振り向かなかった。
一瞬の間があって。
ちはやが目を見開いた。
「…殺されそうになった」
「嘘だ」
殆ど悲鳴のようだった。
今にも噛みつかんばかりの形相で彼はユウに詰め寄って掴みかかった。
「やめろ、ちはや」
騒ぎに気付いたレキが、ちはやを後ろから羽交い締めにして引き剥がす。レキの腕の中でもがきながら、ちはやは怒鳴り声をあげた。
「嘘だ、クロウはそんなことしない。クロウがそんなことする訳無いだろ」
「落ち着けちはや。…ユウ、悪いけど詳しい話をしてくれないか?俺も正直、急には信じられそうにない」
自制心を取り戻したちはやをルイの隣に座らせて、レキは立ち上がった。
ちはやは俯いたまま顔を上げない。ズボンを握りしめた細い手が、小刻みに震えている。
「ちょっと待っててくれ。小さいの、寝かしつけて来るわ」
笑った彼の顔がどこか引きつっているようで、ルイは彼の顔を直視することが出来なかった。