ユウばかりに喋らせる訳にも行かないので、ルイは居住まいを正して隣に座るちはやを盗み見た。平静を取り戻したように見える彼は、じっと床を見つめたままだ。
重苦しい空気の中、戻ってきたレキはミヨの隣に腰を下ろした。丁度ちはやの正面になる。
「まず…アウストロにいくつ都があるかは分かるか?」
ルイ達がいるアウストロは南の大大陸と呼ばれる巨大な陸地だ。最も有名な都は南方にある大樹の城下街、カネディアで、ルイ達の目的地でもある。
「四方に大きな都があるってえのは、なんとなく。北にリーゼロッタ、西にアルゲイポンテス、南にカネディア、東に…こっからだとちょっと西だけど、ペルカがあるだろ」
レキが指折り数えていく。違う、と思った。それでは足りない。アンバールが無い。
「玉卸の都リーゼロッタ、商海の都アルゲイポンテス、大樹の都カネディア、大陽の都ペルカ。そして…極東に魔導の都アンバール」
「アンバール?知らないな」
レキが眉をしかめる。ちはやはまだ喋らない。
「あ、あの、あまり…知られては、いないのです、けど…」
サヤの言葉は困ったように尻すぼみだ。彼女は優しい。まだ渋っている。決めかねている。
レキは頭をかいた。
「んん。でもよ、なんつったか、魔導の都?そんなでけぇ都なら、いくらなんでも知ってるだろ。極東ったら、ここから大陸の端まで幾分もねえし」

「知られる訳にはいかなかったから」

ルイは自分の声を思考の端で聞いていた。他人ごとのようだと思った。ユウはルイを止めなかった。ルイの瞳はまだちはやを見ている。彼はまだ俯いたままだ。
「だから、隠した。アンバールは…僕たちは存在しないとされる者だから。剣と魔法はユナに存在してはいけない」
チカラを知って、間違いを犯した。気付いた時には手遅れだった。だから何も知らないフリで。全てを押し込めて、閉じ込めた。
戦争を繰り返さないように。知らなければ頼ることもなく、知らなければ傷つけることもない。だから彼らは、全ての業を楔と共に地へ穿ち、記憶を塗り替え、都を閉じた。
内からも、外からも。
だから、これは禁忌だ。
内から外へ。
罪業を晒し、常軌を犯す。許されない咎だ。
しかし用心深い彼はサヤの優しさではきっと動かない。下手な嘘は通じない。全ての手札を晒し、本気で切り込んでいかなければ意味がない。
確実に、彼は何かを知っている。
「僕らは、アンバールから来た。…魔法使いだ」
「魔法使い…」
彼が譫言のように呟く。彼は微かに瞳を上げてルイを見た。彼は目を逸らさなかった。
「…クロウは、確かにこの街の出身じゃないよ」
「…間違いないか?」
ユウがレキに確認する。
「そうだな。どっからって、詳しいことは分からねえけど、兄貴と2人で、ボロボロでな」
「兄貴?お兄さんがいたんですか?」
ライルを胸に抱いて沈黙を守っていたミヨが声を上げた。
「ああ…まあ、な。兄貴の方は…ここに着いて直ぐに死んじまったんだけどさ」
それは、とミヨが呟く。
「…まあ、でも魔法使いなんて御伽噺の世界の話だ。少なくとも、子どもたちはそうやって言い聞かされて育つ。アンバールなんて都も聞いたことが無いね」
クロウの話はしたくないのか、無理やり話をねじ曲げたちはやは刺々しい声でルイを詰った。
あくまでも、信じられないと。
ちはやの目は、隙を窺う獣の目だ。知っている。彼は、知っている。
戦う瞳だ。
負けるものか。
「…クロウが帰って来ないのはどうしてなの」
「ルイ、それは」
「クロウはどこへ行ったの。何をしに行ったの」
サヤの制止は敢えて聞かないフリをした。
ここで迷ったら、ちはやはきっと、また逃げてしまう。逃がしてなるものか。嘘はつかない。求めるならば、今度は全て晒してやる。錆びた鎖はもう必要無い。罪ならいくらでも被ってやる。
だから。真実を。
嘘は、要らない。
「ちはやは、なにが信じられないの」
勝負だ、ちはや。僕は負けない。

 

 

 

 

 

 

 
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