お前達さえ、いなければ。
怨んだらいい。私達は、それだけのことをしたのだから。
許さない。許さない。許さない。
それで、気が済むなら。
…壊してやる。
待ってる。
「何が信じられないって?全部だよ。どこに信じられる要素があるのさ」
皮肉な口調と薄ら笑いを乗せた顔。表面は静かな瞳に見えるのは絶対零度か、それとも。
「…クロウは違う」
小さく漏らしたそれが、彼の本当なのだろうか。
「クロウが、ひとを傷つけるような真似をするわけがないんだ」
静まり返った部屋の空気が重くなる。
「…と、まあクロウに対する俺らの見解はそんなとこだけどな。そちらさんは違うんだろ?」
レキがユウとルイを交互に見る。ユウは黙ったままだ。
「詳しくはまだ…。でも…ちはやも気付いてた。あの空気が止まるっていうのは魔法の特徴で」
「だから、クロウは魔法使いだって言うの?そんなのこじつけじゃないか」
「いや、違うだろう。そんなレベルの話じゃない」
ちはやの反論にユウがすかさず口を挟んだ。どういう意味だと彼の言葉にちはやが歯を剥く。
「恐らくアイツは、聖霊戦争でユナから帰れなくなったルウャエの民だ」
「ルウャエ?戦争?なんだそれ」
ルイは目を伏せた。副作用だ。辻褄を合わすために、消された真実。魔法。異世界。剣。…戦争。忘れてはならなかったのに、忘れさせられてしまったこと。
ルウャエの民。
「ルウャエは世界。異世界だよ。昔、ユナの民は過ちを犯した。繁栄を望むあまり、あろうことかルウャエの女王を攫ってどこかへ閉じ込めてしまったんだ。怒り狂ったルウャエの民達はユナを攻め滅ぼそうと総攻撃を仕掛けてきた。それが聖霊戦争」
「海と陸の形がすっかり変わって、沢山の死者が2つの世界に溢れ、見かねた神が2つの世界を切り離したと言われています。ユナの民はルウャエには行けないけれど、ルウャエの民はユナに自由に来ることが出来ました。戦争に加担していないルウャエの民も沢山ユナに残ったまま、2つの世界は分けられてしまった…もう殆ど残ってはいませんが、アンバールには未だ多くのルウャエの民が暮らしていました」
「暮らして、いました。…はっ、今は違う訳だ」
ちはやがサヤの言葉尻をなぞって笑う。綺麗な顔だった。急に大人びた。小生意気で皮肉屋な少年ではなく、妖艶で蠱惑的な娼婦のような、そんな表情だ。
「ところで、君たちの目的はなに?魔法使いさん。クロウを捕まえて、その、アンバールとか言う場所に連れ戻すこと?それともまさか、クロウを殺しに来たとか?」
「そのまさかかもな」
鋭い視線がユウを射抜く。ユウは動じない。
「クロウがまだ襲って来るなら、こちらもそれなりの応戦をする。はいそうですかと殺されてやる訳にはいかないしな」
ちはやが動いた。
いつの間に抜いたのか、両手に握った短剣をユウの胸と首筋に押し当てている。
「おい、ちょ…ちはや」
「…止めはしない。ボクも連れていけ。邪魔はしない。ただ本当にクロウか、確かめてやる」
「俺に言っても無駄だ。俺に権限は無い」
ユウがルイを見やる。ルイはズボンを握りしめた。
ちはやがムキになっているのは分かっていた。
まだ足りないの?
「…うん。その前に1つ確認していいかな?」
君は。
「ちはやは…」
ずっと。
「知っていたんでしょう」
「…意味が分からないんだけど。知ってたって…何を?」
まだ届かない、か。
「…分かった。ありがとう。…レキ、ちはやが出て…その、困ったりはしないかな?」
「ううん…まあ、仕方ないだろ。なんとかするさ、その代わり…ちゃんとクロウを連れて帰って来いよ」
今にも泣きだしてしまいそうな、不安定な笑い顔のレキを、ちはやは見ようとしなかった。
仮眠を取った後、地理にも通じ夜目が利くちはやの案内で、一行は森中を歩き出すことになった。レキは朝まで休めばどうかと言ったが、ぐずぐずしているわけにもいかず結局、仮眠を取ってからと言う折衷案を呑んだのだ。
けれど…本当はそんな時間も無いはず。急がなくては。出来るだけ、少しでも多く離れておきたい。
「恐ぁい顔」
ルイが顔を上げると、ちはやが立ってこちらを見下ろしていた。長い癖の黒髪が闇に融け、深緑の瞳が浮き上がって見える。
「寝た方が良いと思うけど」
眉を寄せてばかりいると型になるよ。
極端に顔をしかめて眉を強調する彼に、ルイは思わず吹き出した。
「そんな可笑しな顔してないって。ちはやこそ、寝ておかなくていいの?」
「不眠症でね。寝ないのは慣れっこ」
後2時間くらいあると独り言のように呟いて、彼はルイの隣に腰を下ろした。しばしの静寂の後、喋り出したのはちはやだった。彼はルイを見ずに、どこか遠くを見ている。
独り言のような小さな声で、彼はぽつぽつと喋った。
「ボクは、何も知らない」
口を挟めば、彼は口を閉ざしてしまう気がして、ルイは何も言わなかった。
「クロウは、ボクには何も教えてくれなかったよ。ボクだけじゃない。誰も真実なんて知らないんだ。そんなんじゃ、説得力なんて無いに決まってる…でもボクは」
ぎらぎらした、ちはやの瞳。魅力的で、破滅的で。
思わず、吸い込まれたくなるような。
「何があっても、クロウを信じていたいと、そう思ってる。今までクロウには、どれだけ世話になったか分からない。ボクらが…ボクが信じなかったら、誰がクロウを信じてくれる?クロウを知らない人間が、クロウを信じるなんて、絶対に無い。賭けてもいい」
痛いくらいだった。彼の視線も、彼の想いも。焼けるように、痛くて重い。捨てられた者にとって、拾ってくれた者は絶対。そんなこと、分かっているつもりだった。
僕も、同じなのに。
「…うん」
どんなことがあっても、拾ってくれた彼は、自分にとっては絶対の正義。例えそれが道理に反し、世界に悪と見なされることであっても、その絶対は揺るぎはしないのだ。
だからこそ。
「知ってるよ」
真実を見極める為に。
「ちゃんと、分かってるから」
完全ではなくても、公平な目で全てを把握する。そう、決めたのだ。
出発まで後1時間と少し。