リンを加えた6人で何時間か行くと、山の外れの小さな村に着いた。もうすっかり日も高く昇り、軽く汗をかく位の気温になっている。寒暖の差が激しくなっているのだ。
アンバールの沈まぬ太陽が無くなった影響が、こんなに遠くまで出ている。地図にも人々の意識の中にも存在しないあの都市が、どれほど大きな存在かを思い知らされる。
「植物が枯れてる」
ちはやの顔には表情が無い。
「…交通便を探すぞ。まずは料金と時刻表を見なきゃならない」
乗り物にただでは乗れない。ルイもサヤも学習した常識だ。
「じゃあ別れて探そう。正午にまたここで」
ルイの言葉にめいめい頷いて歩き出す。ルイは路上にへたり込んだまま動かないミヨに声をかけた。
「大丈夫?」
「喉が渇いて、ひりひりするのですよぅ…」
弱々しい声でミヨが呻く。彼女には体力があまり無いらしい。
「どこかで水を貰おう。はい立って」
「んぅ、立てないです」
「もう…しょうがないなあ、ほら」
ミヨの両手を持って一気に引き上げる。ルイの頭から飛び上がったライルが、下から彼女の背中を押し上げてくれた。
立ち上がってルイを見上げ、礼を言いかけた彼女の表情が不意に一点で固まる。彼女の視線を辿り、振り返ったルイは目を見開いた。
民家のひとつ、数メートル先の屋根の上に何かいる。
赤い仮面。長い手足。ぼろぼろの服。白い鬣のような髪から伸びた、黒い角。
「鬼」
鬼が走り出す。屋根伝いに、こちらに向かってほんの数歩でやってきた鬼は飛び上がり。空中で右手に無骨な短刀を抜いて。
「…来る」
ミヨの手を引いて一目散に逃げる。ライルが不安げに鳴き声をあげた。
音もなく着地した鬼は止まらずに物凄いスピードで追いかけて来る。開けた場所に出たルイはミヨを突き飛ばして黒棒を抜いた。一撃目をかえしざま、短めに伸ばし振り回して威嚇する。怯んだのか、バックステップで距離をとった鬼は重心を低く構え、両手を大きく広げた。
「誰だ。どうして攻撃する」
鬼は答えない。
騒ぎを聞きつけた村人たちが、広場の入り口を囲うように群がってきている。ルイは更に倍ほどの長さにまで黒棒を伸ばし、何度か回して手に馴染ませた。
「ミヨ、出来れば援護して。無理ならみんなを探して来て」
じわりじわりと円を画くように鬼がルイとの距離を測っている。
「援護するですよ。どの道、人垣を抜けるには時間がかかりますし」
魔法を使うのは最終手段だ。2人とも魔法具を呼び出してはいない。ミヨはいくつか落ちている小石を拾って指の間に挟んだ。

鬼の足が地面を蹴る。殆ど目では捉えられないその攻撃を、ルイは捌くのが精一杯だ。あまり後退するわけにもいかないが、じりじりと削られるように下がっているのが自分でも分かる。ミヨが鬼の足下を掬うように着地点を狙って何度も小石を打ち込んできているものの、微妙に着地をずらせる程度で大きく態勢を崩せない。
未だ、鬼が優勢。
防戦一方で軽く息が上がってきたルイと元々バテ気味だったミヨに対し、仮面のせいで表情は窺えないが、その身のこなしから判断するに鬼はまだまだ余裕そうだ。
直感で悟った。
ヤバい。やられる。
「…なァんだ」
不意に構えを解いた鬼が開口一番に口にしたのは落胆の言葉だった。
大したこと無いなあ。
思ったよりキンキンと甲高い声だ。金属質で特徴的だが、性別の判断が難しい。どちらともとれそうだ。
「ヤアタがトチったっつうから、どんな強いヤツかと思ったのにさァ…何、まだ全然ガキじゃん。つまんねェの、もうちょっと骨のある奴ぁいない訳?」
「ヤアタ…?」
ヤアタ。誰だ、それは。
否、違う。それじゃない。今、考えるのはそれじゃない。
ヤアタがトチった。どんな強いヤツかと思ったのに。
僕らの正体を知っている。否否、そこじゃない。
ヤアタがトチった。
それはつまり。
「お前たちか…。お前たちが塔を」
「あ?こらこら、待て待て待て。やったのはヤアタ1人。こっちゃあ、なァんもしてない。そこ、重要」
ひらひらと鬼が手のひらを振る。その馬鹿にしたような仕草と口調に、先にブチ切れたのはルイではなくミヨの方だった。
「ふざけるのもいい加減にするですよっ。そんな…そんな、馬鹿にするような真似…っ。先生は、そのせいで」
駄目だ。
やめろ。やめろ。やめろ。言うな。
頼む。それ以上言わないでくれ。言わないで。僕は。
「先生は…っ」
レシア。
早く逃げなさい。ほら、早く。大丈夫。大丈夫だから。
行きなさい。
レシア。レシア。レシア。
視界が赤い。体中熱くて、くらくらする。天地が回って、どちらがどちらか分からない。感覚が消えていく。
ああ…煩い。
「せんせェだァ?…へぇええ、ふぅん?大事なひとだった訳ねェ。そりゃあ、お気の毒にィ?」
ああ、うるさい。
「…黙れよ」
「分かるよ、大事なひとを失うのは辛いよなァ?痛いよなァ?ん?」
…うるさい。
耳障りだ。
「黙れよぉおおっ」
「やめろルイっ」
何かに弾かれ、一瞬視界が真っ白になって。駆け寄って来たミヨに抱き起こされたルイが見たのはユウの背中。
「感情にのまれるな。隙だらけだ」
「大丈夫?」
人垣から抜けてきたらしいサヤに言われて肩に視線をやったルイは、自分の肩が血まみれになっていることに気付いた。次いで激痛が走る。
「…いるじゃん、出来そうなヤツ」
「ルゥヤエの民…お前1人か」
「さあねッ」
答えると地を蹴るのが同時。短刀は左手だ。逆手に握っている。ユウは半身になって構えをとった。

 

 

 

 

 

 

 
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