ペコラの顔面に降って来たリンが振り落とされ、ペコラに踏みつけられてちはやが悲鳴を上げた時点において、ルイは非常に混乱していた。
即ち、彼と彼女は、果たして信頼足り得るのか。
シェヴルとペコラはルゥヤエの民。これはまず間違い無い。ちはやとリンはユナの民。これも間違い無いはずだ。ならば彼らの因果関係は?
何故、彼らは知り合いなのか。間柄は。彼らは。
ちはやとリンは、どちら側だ?
「止めろ、止めろ止めてくれシェヴル」
「あ?てめェ、だァれに向かって口聞いてんだ、あ?俺はなァ…合理主義なんだよ。あん時は、お前たちが俺達の欲しいモノを持っていた。だから助けた。でも今は違う」
シェヴルは笑っている。ペコラはそんなシェヴルを横目にリンを踏みにじる。
リンの体が跳ねる。
「止めてくれ、お願いだ、頼む、頼むから、止めて…」
ふと見れば、ユウがルイを見ている。彼は迷っている。ルイ達がどう見ているのか。それが彼の今の行動基準だ。
どうしたらいい?今、正しいものはなんだ?
「…リンちゃんから」
動いたのはミヨだった。
「リンちゃんからその汚い足を退けるがいいですよっ」
目にも留まらぬ速さで魔法具を呼び出した彼女は、返す手に風の玉を4つ生み出し即座に放った。
「詠唱省略、エアライド」
飛来する風の玉はミヨの声に呼応してさらに無数の玉となり、シェヴルとペコラに襲い掛かる。風の妖精フィの加護を受けたミヨは、風属性の魔法においてはサヤに並ぶトップクラスの成績を誇っている。使用ランクS指定の魔法でも、風属性の攻撃魔法においてのみ、彼女は詠唱省略で繰り出すことが出来た。
弾丸のスピードで向かって来る無数の風の玉相手は流石に不利だと覚ったのか、シェヴルとペコラが動く。
「ちはやくんっ」
「ユウっ」
ちはやとユウが動き出したのは同時。先にリンへと辿り着いたのはちはやだった。
「離すな」
寸での所で風弾の下に飛び込んだユウは辿り着いてもスピードを緩めない。リンではなくちはやの襟首を引っ掛けて掴み、そのまま風弾の下から滑り出る。
風弾が地面を抉る。
ユウは2人をルイ達目掛けて投げ飛ばし、シェヴルとペコラに向き直った。
リンを抱えたまま空中で体勢を立て直したちはやを、ミヨが下からフォローする。
「あーあ、帰っちゃった。何やってんだよペコラ」
「シェヴルだってよけたくせしてよくいうよォ。まあでも…別にどうでもいいんじゃん?だって、ねぇ…」
にやにやと。ペコラが笑っている。シェヴルの唇が嫌な形につり上がる。
「あんな、おまけ」
「…っ」
激昂したちはやをルイが必死に引き止める。行ったらダメだ。行ったらあちらの思うつぼだ。
「お前達の目的はなんだ」
ユウの問いにシェヴルは大袈裟に目を見開いてみせる。
「目的ィ?言ったろ、ヤアタがトチったんだ。だからその尻拭いに、そこのチビどもを始末しにきたのさ…大人しく引き渡してもらえるってんなら他のヤツはまあ見逃してやってもいい。どうする?」
「…嫌だと言ったら」
ひひひ、と嫌な笑い声。彼らは、楽しんでいる。
「交渉決裂。皆殺しだ」
シェヴルがユウに飛びかかる。ペコラの足も地を抉る。
「…ルイ、お願い。時間を稼いで欲しいの。なんとか、注意を逸らして」
サヤが何か決めたらしい。
既にユウがシェヴルとペコラの相手をしている。2人の相手を1人でするのは不利だ。
なんとか、引き離さなければ負ける。
ルイは頷いて、ちはやの耳元に口を寄せた。
「ちはや、バラバラに行ったら袋叩きだ。僕と君とでペコラを叩いて、ユウとシェヴルから引き離す。いいね?」
「…分かった」
頭の血は下がったらしいちはやは短剣を逆手に握り直し、後ろを振り返った。気を失っているリンの頭を膝に乗せたミヨの前に膝を突き、ちはやはリンの頬を手の甲で拭う。
「ごめん…ごめんね、リン。…ミヨ」
ちはやが顔を上げた。ミヨは笑う。
「任せるですよ。火の雨からだってちゃんと守り抜いてやりますから」
「…ありがと」
ちはやが立ち上がる。
「あっちの攻撃は全部ボクが捌く。隙があれば打ち込んで」
「分かった」
走り出したちはやは言葉通り、ペコラに対して全く退かずに打ち合う。ルイは黒棒を下段に構えて走り出した。
大丈夫。
サヤは自分に言い聞かせて深呼吸をした。
「ミヨ、私、テレルガールを使う」
「テレって、あ、危ないですよそんなの」
「分かってる。…分かってるわ、私だって…」
テレルガールは最高レベル、ランクSSSの特殊魔法だ。世界の狭間に穴を開け、遠い場所に移動す
る禁術。授業でも原理を習っただけで一度も実践で使ったことは無い。
他の魔法と違う。失敗したら取り返しがつかない。それが禁術。だからこその禁術だ。
正直、怖い。
「でも、やらなきゃ。このままじゃ、ルイもリンも保たなくなっちゃう」
サヤは左手にナイフを握った。右の人差し指の腹に刃を当てて、少し傷をつくる。足りない魔力を補うためには術者の血液がいる。どれほど必要なのかは分からないが、恐らく自分の魔力だけでは発動出来ないだろうとサヤは踏んでいた。
「…無茶はしないで下さいね」
ミヨに頷いて見せてから、サヤは赤い人差し指で魔法陣を描き始めた。