テイレシアスは不思議なひとだった。
俺を見ても、俺の顔を見ても…あのひとは、何も言わなかった。
今まで出会った他のヤツらはみんな、寄ってたかって俺を化け物呼ばわりしたから、前髪を伸ばして顔が見えないようにしていたのに。
ただ一言。目が見えないと言って。
彼はいとも簡単に、長い前髪をかきあげてしまったのだ。
「話しをする時は、ちゃんと目を見なくちゃいけないんだよ」
なんて間抜けたことを言って彼は笑って。
「君の名前は、なんて言うの?」
あの時、俺は…あの頃の俺は、彼になんと言ったろう。それだけずっと、思い出せずにいる。

ちはやは夜目がきく。洞窟の中なので、今が夜なのかどうかは激しく謎だが。
ルイはというと、何度も躓いて危なっかしいと怒鳴られ、今はちはやに手を引かれている。ちはやと違い、正直言って彼の方は辺りはほとんど見えていない。
「…何かある」
「え?」
ちはやの後ろで目を凝らしてみたが、ルイには何も見えない。
「うーん、見えない…あ、わ、危な…っ」
「ちょっ…こら、見えないなら下手に動くなってばっ」
ちはやが止まったことに気付かず、躓いてバランスを崩したルイをちはやが支えてくれる。
「ホントさぁ…もうなんかホント、何がしたいの、キミは。もうちょっと学習してよ色々。何回ボクを押し潰すつもりな訳」
怒っている。非常に声がトゲトゲしい。
ぽんぽんと気持ち良いくらい軽快に声が飛んでくる。そのまま止まらなくなると困るので、ルイは早めに負けを認めることにした。
「ご、ごめん…。それより、誰?ユウ?」
「あのねぇ…。キミが邪魔したんでしょ?…ちょっとまだ遠くて見えないな…ボクがもう少し近寄ってみるからルイはここで待ってて。…一応言うけど、動くなよ?」
「う、うん」
釘を刺されてしまった。
ライルが、くん、と鼻を鳴らす。
「枯れ木か何かあれば火がつけられるのになぁ」
ルイの守護属性は火なので、魔法を使って単体の火を創ること自体は可能なのだが、火を留めるための媒介、即ち有機物が無ければ維持まではできない。しかし細い枯れ枝では危険だし、だからといってそうごろごろと手頃な木は転がっていない。
うくく。
いつの間にか、頭から飛び立っていたらしいライルの声が足下から聞こえる。
「何やってるんだよぉ…ダメだろ、ちゃんと一緒にいないと…」
ごつん、と何か硬いものがルイの靴に当たる。ライルが何か拾って来たらしいが、残念ながらルイにはなんなのか分からない。
「ん、これ、何?何を拾って来たの?」
つるつるした手触りだ。
「…ルイも何やってるの」
「あ、ちはや、おかえり。どうだった?」
ちはやのため息が聞こえる。
「どうもこうも無いから…。あのね、相手が何か分からない間くらいもうちょっと慎重になってくれる?緊張感と言うかさぁ…なんか、色々足りてないよキミ。というか何持ってるの…杖?」
きゅ、くう。
「あ、もしかして、枯れ木を探して来てくれたの?…灯りが欲しいなと思ってたんだ」
なるほど、とちはやは一応納得したようだが、声のトーン的には恐らくまだ顔をしかめている。
「…まあいいか。顔の確認をしなくちゃならないし…付けてよ」
「うん」
意識を集中させて火を灯す。この程度なら魔法具は必要無い。
「…便利なもんだね、魔法ってさ」
ぼんやりと浮かび上がったちはやの顔には複雑そうな表情。ルイは曖昧に微笑んで誤魔化した。
「どこ?」
「こっち。そこの…丁度、影になってる所」
ちはやの指差す方に灯を向ける。ライルが鳴いた。
「…っ、ユウっ…?」
岩影から微かに見えるのは、ユウの金髪か。
急いで駆け寄って、岩影を覗き込む。ユウだ。間違いない。
「おい、ユウ、聞こえる?ユウっ」
ちはやがユウの肩を軽く叩く。
俯せになっているユウの体を慎重に仰向けにし、顔を確認しようと照らしたルイは絶句した。
「…え?」
「なに、これ…っ」
ちはやの動きも止まっていた。
ユウの長い前髪は全て顔の側面に流れ、いつも見えない顔の全貌が露出している。露わになったそれは、明らかな奇形だった。
左半分は鼻筋の通った、端正な顔。
異質なのは、右半分だ。眼球があるはずの位置を中心に、クレーターのように肌が陥没し、そこだけ煤が付いたように真っ黒になっている。まるで、顔面にぽっかり穴が開いているかのようで、思わずルイは手を伸ばした。触れた黒い肌は、爛れた感触がした。
「どういうこと?」
ちはやがルイを見る。ルイにだって分からない。混乱していた。
どうして。
「…。兎も角、見つかったってことはサヤに報告するよ。話はそれから。いいね?」
「うん…」
半分上の空で返事をしたルイに、何か言いかけて止めたちはやはポケットから何か取り出した。青い卵状のそれに、ルイは見覚えがある。サヤが連絡用に使う言霊袋だ。袋の口に向かって喋ると、同色の袋同士で会話ができる補助魔法具である。
「ルイとユウを見つけたよ。ルイは元気。ユウは…意識が無いから下手に動かせない。どうしたらいい?」
随分遠くまで来てしまったので、引き返すにも時間がかかる。
何度かやりとりをした後、袋の口を閉じたちはやは、人差し指をちろりと舐めて水平に立てた。
「…本当だ」
何がだろう。独り言を言われて事を察知出来るほど、ルイの勘は良くなかった。
「ルイ、ここから少し行ったら洞窟から出れるから、医者をつかまえてくれって」
「ユウは?」
「…置いていく。心配だけど…」
きゅっ、くぅ。
「ライルがついててくれるの?」
「行くよ。ほら早く」
ユウとライルをその場に残し、後ろ髪を引かれる思いで、ルイはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 
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