リーゼロッタの街並みは、アンバールのそれと似ている。
渓谷に囲まれているから緑こそ少ないが、通りには美しい石畳が敷かれ、建物には細かい装飾が施されている。石畳の中には蒼星虫も多少混じっているらしく、子どもたちが何か、これまた綺麗な装飾の杖で石畳を叩き、それを光らせて遊んでいた。
「何か気になるか」
奥の部屋から出て来た少年が、ルイに気付いて首を傾げる。ルイは窓の外から視線を外し、えへへとはにかんだ。
「ううん。ただ…ここと、とても良く似た場所を知ってるんだ。ちょっと、懐かしくなって」
「…そうか。ちはやのことは悪かった。手当てはしたが、薬が効いているから動くにはまだ少し時間がかかるかもしれない」
ちはやの背を掠ったのは、毒を塗った、曲刀型の投げナイフのようなものだったらしい。抉られた地面の深くから出て来たそれを見た時、ルイの背筋は凍りついた。
もし。
もしあのナイフのようなものが突き刺さっていたら、あの程度では済まなかった。
あの程度の出血では済まなかったのだ。
「リンと、ユウも大丈夫だ。肋に少しヒビが入っているが、安静にしていれば直に治る」
「そっか…。ありがとう。…えっと」
「銀の34番」
少年は、麻布で止血されたルイの肩口を見ながら言った。
「あの都市の民は、僕をそう呼ぶ」
名前とは、呼ばれてこそ価値がある、と彼は言った。
「…呼ばれない名など、名前とは言わない」
さらさらの髪。白いとばかり思っていた髪は透明で、光の具合で様々な色に見える。整った横顔は無表情で、それでいて憂いているようで、どことなく…本当に微かにだが、ユウに似ている。彼だか彼女だかさえよく分からない美しさも、冷たいガラスのような瞳も出会ったばかりのユウに似ていると思った。
ああ、このひとは。
この美しい、少年は彼と同じなのだと思った。
「…ユウも、そうやって呼ばれていたの?教えて、銀の34番さん。君にも名前があるんでしょう?どうしてこの街のひとは、君を名前で呼ばないの?」
少年は少し困った風に身じろぎをした。
何度か口を開閉させ、少年は目を伏せる。
「…。僕が名前で呼ばれないのは、僕がもう人間では無いから」
「え?」
少年が両手を広げて見せる。無くなったはずの小指は、両手共にそこにあった。
「僕はこの街の、叡智の結晶。そして、消えない罪業の証」
少年はカーテンを引いた。外の光が遮断され、喧騒が遠のく。
「ルイたちは、アンバールから来たのだろう?」
あの、閉じられた原罪の都から。
サヤから聞いたと、少年は言った。
少年の瞳がルイを映す。ガラスのように無機質な瞳に、ルイは縋るような光を見た気がした。
「話をしよう。昔の話を」
ミヨとサヤを呼んでおいでと少年は言った。

少年は少し躊躇って、それから小さく息を吐いた。
「エルフを、知っているか?」
ルイたちは顔を見合わせた。
耳慣れない名前だ。まだ習っていない精霊の名前だろうか。
「エルフとは、その昔、存在したとされるユナの民。鳥と共に歌い、風と共に野を駆け、妖精を愛しみ、精霊に愛された民。最もルウャエに近しかった民だ。ユナに生まれ落ちたものの中で最も賢しく、最も勇敢な種族。もう存在しない、伝説の、最強の、戦士の一族」
しかし聖霊戦争の最中、エルフは姿を消したのだと言う。
「ルウャエの民に対抗するには、ユナの他の種族ではあまりにも脆弱すぎる。だから彼の存在を知ったこの街の科学者は、エルフをもう一度、自らの手で甦らせようとした。アンバールから取り寄せ培養し、増やした屈強なエルフの遺伝子を、色々なものに移植して最強の戦士を作り出そうとしたんだ」
愚かだった。
少年は囁くような声で言った。泣いているようだった。それでも少年の瞳が涙で濡れることは無い。
ただ光が鈍くくすむだけ。
「結局完全なエルフは創れないままに聖霊戦争は終わり、それでも躍起になった科学者たちの実験は終わらなかった。より強く。より近く。僕らは戦闘と殺戮を課せられ、競わされ、そうして厳選されたものだけを残して、大量の劣化エルフが処分された」
僕も、次が創られ、負ければ処分される。
少年はゆるゆると首を振った。
「君は元々…?」
エルフの遺伝子を移植され、劣化エルフになる前、彼は何だったのだろう。
言ってしまってからルイは急いで口を塞いだ。
失礼だ。
「…僕はこの街の人間だったよ」
少年は呟くように言った。
「僕は、生きたまま遺伝子を移植された最初の人間だ」
「待ってっ」
青い顔で泣きそうになっているサヤが、殆ど叫ぶように待ったをかけた。従来優しい性格で、魔法でひとを癒せるようになりたいと思っている彼女には、この話は俄には信じがたい、もとい、信じたくない話だろう。
だが、彼女は気丈であった。自らの頭で、逃避したくなるような非情な現実をきちんと理解しようとしていた。
「それなら…それならユウは?ユウもそうなの…っ?」
奇形になっていた顔の右半分。黒い血。
ユウも劣化エルフだと言うのか。
あのずば抜けた身体能力は、エルフの遺伝子の力なのか。
「…彼の顔面を潰したのは僕だ」
課せられた戦闘の中で。
それは即ち、ユウもかつて同じく戦いを強いられ、彼と対峙したのだと言うことに他ならなかった。
劣化エルフとして、ユウは彼に負け、そして処分されたのだ。
「だが彼は僕とは違う」
ユウが劣化エルフだと知った衝撃に呆然としていたルイは、少年の声で我にかえった。少年の唇が、言葉を紡ぐ。
「彼は、一度死んだのだから」
それは紛れもない、2つの都市が抱え込んだ、罪の告白。

 

 

 

 

 

 

 
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