ルイの丈を基準にシャツを何枚か買い、食糧も買い込んでリーゼロッタの街を歩く。ルイはこの短時間で2つのことを知った。
1つは少年が物凄い金持ちであること。どうやらミヨに言っていた事は本当らしく、彼女のように店主相手に値切るような事も無かった。食糧に至っては店の雑穀をほぼ買い占め、パンやハム、チーズなどの乳製品も充分過ぎるほど買い込んだ。少年が買い物に出ることは滅多に無いらしく、行く先々で変な顔をされた。
そしてもう1つ。
「…この街の人間はお前が嫌いなのか」
ユウが言葉を選ばずに少年に聞く。ユウの目は、鋭いままだ。
ユウはまだ少年を信用していない。
「怖いだけだ」
対する少年は気付かない訳が無いだろうに顔色ひとつ変えはしない。彼は、なんとなく、微かに愁いを帯びた瞳でユウを見た。
「それならわざわざ、怖がらせるのは悪いだろう。だから買い物にも出ない」
紙袋を沢山抱えて、それでも少年はどこか浮き世離れしている。それはそのまま、少年がここにいるべき人間ではないのだと物語っているようで、ルイは居たたまれない気分になった。
実際、ルイはかなり情けない顔をしていたらしく、気付いた少年が肩を竦める。
「平気だ。自給自足の生活には慣れている」
昨日、サヤと台所を探したルイは、台所に食べ物がなにひとつ無かったことを知っている。自給自足ではない。少年は元々、食べ物を必要としないのだ。
ユウは。
ユウも、ルイたちと同じように食べてはいるが、本当はそんな必要はないのだろうか。
「こういう時に、少し困るだけだ」
滅多に無いことだと、呟く少年を見つめていたユウの体が不意に傾く。物思いに沈んでいたルイは咄嗟に手を出すことが出来ない。少年が紙袋を投げ捨てるようにしてユウを支えて。
紙袋がぐしゃりと音を立てた。
「ユウっ?」
一息遅れて駆け寄ったルイに少年が目配せする。
「…大丈夫。気を失っただけ」
「お前は誰だ」
少年が言い終わらない内に、ユウの爪が、少年の腕に食い込む。ユウが今までルイが聞いたことの無いような獣のような唸り声をあげて少年の腕を抉る。ルイが慌てて少年の顔を見ると、少年は無表情でユウを見ていた。
ユウの顔は見えない。
「俺に、命令、するな…っ。早く…早く出ていけ」
「ユウ…?」
少年は動かない。少年の腕に黒い血が滲む。滴り落ちるそれは綺麗な石畳に黒い染みを作った。
どの位そうしていただろうか。のろのろと顔を上げながら少年の腕から手を離したユウが、小さくすまないと言って立ち上がった。まだふらついているユウに肩を貸しながら少年がルイに顔を向ける。
「買い物は中止だ。僕はユウを連れて帰るから荷物の番を頼む」
「わ、分かった。…あの、ユウは」
「…分からない」
漠然とした不安が広がっていくのが分かる。シェヴルとペコラと戦った後遺症だろうか。それとも右目のせいか。思い当たる節が多すぎて、嫌な予感しかしない。何か声をかけようとルイが口を開いた、その時だった。
「銀の34番」
少年の顔が変わった。
無機質な顔で、少年が声の方を振り返る。立っていたのは真っ白な外套を羽織った老人だった。
「…博士」
「はかせ?」
アンバールで博士と呼ばれるのは魔導師だ。だがリーゼロッタに魔法は無い。魔導師であるはずがない。
ならば、科学者か。
「通報を受けて来てみれば…。銀の34番、お前は誰の許可を得て持ち場を離れている?それになんだ、街の子どもではないな」
少年が傷ついた腕とユウを後ろに、ルイを博士の視線から守るように体をずらす。つかつかと近寄って来た博士はルイには目もくれず、ユウの金髪を無造作に掴んで引っ張り、そのまま固まった。
「…ユン…?」
まだ焦点の怪しいユウの左目が博士を捕らえる。よく見えないのか目を細めた彼を、少年は半ば強引に博士の手から奪い取った。
「村の子どもです。夜の内に洞窟に迷い込んだらしく今朝になって送り届けようと思ったのですが調子が良くないようだったので今まで看病していました。落ち着き次第送り届けます。問題ありません」
有無を言わさぬ口調と抑揚の無い声でそう言って紙袋を拾い、ユウに肩を貸したまま平然と歩き出した少年を追いかけたルイは、振り向かない少年の硬い横顔に疑問を投げた。
「博士って…なんの」
殆ど確認だ。分かっている。
「人工エルフ計画の第一人者だ。名前は…サルトル・アトウッド」
独り言のような少年の声には、まだ抑揚が戻らない。
「あの声だ…」
咳き込んだユウを庇うように少年が屈む。ユウは石畳に膝を付いて少年を睨み、掠れた声で少年を詰った。
「間違える訳が無い。あの男…あの声だ」
ユウの隻眼が細くなる。少年の瞳が頼りなく揺れる。
「お前…お前は、全部知ってるんだろう」
教えろと。
ユウは凄んだ。
「あの男は、俺のなんだ」
嘘と真の間が少しずつ垣間見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 
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