日が昇って来るにつれ、活気に溢れてきた街をルイはライルと走っていた。
寒さは随分と厳しいが陽も出ているし、何より長い裾が邪魔なので、ローブは脱いで肩に担いでいる。
「急ごうライル。もう2人とも起きちゃったかも」
ミヨは兎も角、サヤは確実に起き出していそうだ。
彼女は昔から時間に堅実だった。
案の定、宿に飛び込むように駆け込んだルイは、サヤの笑顔に迎えられる。
彼女は朝餉を作っているらしい宿の女将さんの手伝いをしていた。
「お帰り、ルイ。ミヨはまだ寝てるよ」
「…そ、か…」
肩で息をしながら卓上に突っ伏したルイの前に、サヤは笑いながら水を注いだ椀を出した。
「毎日毎日、お疲れ様です」
くすくす笑いながら、帰って早々にルイの頭に張り付いているライルを抱き上げて、サヤは敬礼の真似事をする。
ライルが楽しげにくぅ、と鳴いた。
「ん…」
なんとか笑顔を作ったルイは冷たい水を一気に飲み干し、彼女に礼を言った。
彼から空の椀を受け取りながら、サヤは小首を傾げる。
「何かあったの?いつもなら日が昇る前に帰って来てるでしょう」
ルイは立ち上がりながら、今朝の森での事を掻い摘んで話した。
因みに自らを森の子だと名乗った黒髪の少年は、その後文字通りあっと言う間にいなくなり、ルイは探すのを諦めたと言うオチがつく。
現地の人間ならともかく、知らない土地で更に森の中では無理もない。
更に言えば彼は超人的なスピードの持ち主だった。
「折角、同い年くらいの子で、色々話が聞けたかもしれないのに…それに、その」
ルイはしまった、と呟いた。
かなり、ちゃっかりしてたし、とは言えない。
飴玉をくすねられた、とは言いたくないルイである。
彼が言い澱んで口の中でもごもご言っていると、丁度良く女将さんが奥の厨房の辺りからサヤを呼んだ。
すぐ行きます、と大声でサヤが返す。
それを良いことに慌てて話を切り上げたルイは階段へと足を向けながらサヤを振り返った。
「ミヨを起こして来るよ。そろそろ朝ご飯だよね」
ライルがサヤの腕を逃れてルイの頭に収まる。
サヤは反射的に頷いて、その後首を捻った。
彼はもう階段を上がって行った後だった。
「あれ、でも確かミヨって昨日…」
女将さんが今度は顔を厨房から突き出してサヤを呼ぶ。
彼女は思考を中断した。
「まあ、大丈夫よね多分」
自分で自分にそう言って、彼女はうんと頷いた。
ミヨとサヤは同室で、ルイとユウが使用した部屋の丁度向かいの部屋を使っていた。
木製の薄いドアを叩いて、耳を澄ませてみたルイだったが、ミヨが目覚めた気配はない。
ライルと顔を見合わせて、ルイはドアノブに手をかけた。
「ミヨ、開けるよ」
返答無し。
埒があかないので、彼はそのままノブを回した。
「…あれは多分、聞こえて無いな」
掛け布団が山になっている。
恐らく彼女はあの中心辺りにいるのだろうが、掘り返すのはかなり労力が要りそうだ。
彼はライルを頭上から追い払って腕捲りをし、むん、と力を入れた。
「ミヨ、ミヨ。朝だよ。朝ご飯だって」
毛布を剥ぐのは簡単だった。
しかし、彼女が本格的にくるまっているらしい薄い麻布の布団は、なかなかどうして剥ぐことが出来ない。
両腕を駆使して引き剥がそうとするものの、全く動かない。
息が上がって虚空を見上げたルイに、不意に朝の少年の言葉が思い出された。
「僕って…そんなに力無いのかなあ」
彼が活動を止めたので、ライルが彼の頭に舞い戻って欠伸をする。
柱時計が8時を打った。
時計が鳴り終わった、丁度その瞬間に盛大な音と共に麻布団が宙を舞う。
しっかりと通学時間通り目覚めたミヨは一言、起きなきゃ、と言った。
「あ…ルイ君、おはようございます」
頭にすっぽり毛布を被って眠そうな顔のミヨは、ぷるぷると頭を降って立ち上がる。
何が起こったのか分からず、呆然としていたルイは立ち上がった彼女を見て声を上げた。
何故か彼女、薄いキャミソール一枚である。
明らかに下着のようだったが、当のミヨは寝ぼけているのか元より気にしない質なのか、普通にベッドから下りた。
もしやそのまま外に出る気かと危ぶんだルイだったが、彼女は何やらベッドの反対側に回ってベッドの下を漁っている。
数秒後、ベッドの陰から出てきたミヨは両腕に服を抱えていた。
「待って下さいね。今、着替えるですから」
「そ、そう。じゃあ僕は先に外で…」
そろりと立ち上がって、ルイはドアに手を伸ばす。
とりあえず、凄くこの場に居てはいけない気がするルイだった。
しかし彼女にはそのルイの行動が、良く分からなかったらしい。
「なんで外に行くのですか?ミヨはそんなに着替えが遅くないですよ」
彼女は完全に寝ぼけている、とルイは直感で悟った。
「あ、えっと…そうそう、ライルの首輪を部屋に忘れちゃってたから今から取りに…」
我ながら痛い言い訳だと、言いながら思うルイだった。
因みに、ライルの首輪はつけっぱなしなので今日も外していない。
しかし、所謂嘘の合否とは勢いと時の運だ。
ついでにミヨとルイでは微弱ながらも身長差がある。
ライルが彼の頭から浮き上がったりしない限り、彼女の位置から首輪の有無は確認出来ない筈。
そう考えれば、この嘘が成功する確率はかなり高い。
「…そうですね、それは取ってこなくちゃ駄目ですよ」
数秒の沈黙の後、彼女はふわふわした声でそう言った。
どうやら、嘘は成功したらしい。
なんとか部屋から脱出したルイは情けないことにドアを閉めた途端に足から力が抜けて、へたり込んでしまった。
心配したのかなんだか分からないが、ライルが彼の顔までずり落ちて鼻を鳴らす。
「吃驚した…」
ライルを顔から引き剥がしたルイは、今朝から何度目か分からないため息をついた。