大人達に紛れて土木工事に勤しんでいたユウに女将さん特製サンドイッチを届け
た2人は、昼休みに入った彼を挟むようにして3人で昼ご飯をいただくことにし
た。
特製サンドイッチは、ルイが朝の鍛錬から帰った時にサヤがしていた朝餉の駄賃
の代わりらしい。
薄く切ったハムと野菜を挟んだサンドイッチを半分千切ってライルにもあげると
、器用に前足で挟んで得意げに鳴いた。
3つあったサンドイッチをぺろりと平らげてしまったユウが帽子を被り直しなが
ら立ち上がる。
足りなかったのかと心配するサヤに彼は大丈夫だと言った。
「…小さいのはどうしたんだ。また迷子か」
眉をひそめたユウの言葉にルイは首を捻ったが、すぐに思い当たって手を打った
。
「ああ、もしかしてミヨのこと?」
そう言えば、彼が彼女の名前を呼んだのを聞いたことはない気がする。
頷いた彼を見てルイはそれならと言った。
「宿にいると思うよ」
買い物をしようにもお金が無いので、彼女も滅多なことはしていないはずだ。
さほど興味があった訳ではないらしく、そうかと答えてユウは黙ってしまう。
元々、生徒ではない彼は半ば成り行きで3人のお守りをしてくれているが、正直
あまり打ち解けた感じはない。
実際はまだかなり年若く、ルイ達とも年が近いはずなのだが、無口で無愛想な性
格と長身や鋭い目つき等の外見的要素も相まって、彼は塔に居た頃からよく生徒
達に怖がられていた。
しかし塔を統括していたレシアこと、テイレシアス校長に拾われて塔に住み込ん
でいたルイは彼のことを彼が塔に来た日から知っている。
恐いと誤解されがちな彼は確かに寡黙で素っ気ないが、きちんと周りに気を回せ
る誠実で優しい人間だ。
ミヨのことも名前は覚えていないようだが、彼なりに心配してくれたらしい。
昼休み終了の合図を受けて歩き出す彼に、ルイは待ったをかけた。
「頑張ってね」
薄荷飴を3つ。
1つはルイの分。
1つはサヤの分。
もう1つはミヨの分だ。
「…後で食べる」
まめだらけの右手で飴を受け取ったユウは、それらを全てポケットにしまってル
イの頭を軽く撫で、仕事へと戻っていった。
ユウを見送り、昼食を済ませた2人は、一旦宿に戻ることにした。
彼との話から急にミヨが心配になってきたのである。
一度意識してしまうと気になるもので、2人の意見は彼女の確認で固まった。
帰り道を急ぐ2人の前方、件の広場になにやらまた人集りができている。
迂回する際に気になって、ちらりと横目で見たルイは慌ててサヤを呼び止めた。
「サヤ、あれ、あそこにいるのはミヨだよ。ほら」
人集りの中心に一瞬垣間見えたミヨを確認すべく、ルイはサヤの手をしっかり握
って人混みに突入する。
なんとか前の騒ぎが見える位置まで出た2人の目の前で繰り広げられていたのは
、詰まるところ、喧嘩だった。
2人組の少年に、ミヨが噛みついているところらしい。
怪訝そうな少年達の、小さな方の顔にルイは見覚えがあった。
冷めた表情の彼は、今朝方に森の入り口で出会った少年だ。
「名前は確か…ちはや?」
名前に反応したちはやがルイを振り向き眉をひそめた。
大きい方の少年がミヨから目を離してちはやに声をかける。
「んあ?なんだ、ちはやの知り合いなのかよ」
「いや知らないんだけど」
力強い即答だった。
予想外の答えにルイは絶句する。
今朝の手癖の悪さといい、顔色ひとつ変えずに嘘を吐くあたり、流石としか言い
ようがない。
「はあ?でも名前知ってんじゃん。会ったことあんだろ」
「ボクは名前とか聞いてないし。だから知らない」
涼しい顔で言ってのけるちはや。
筋が通っているのかいないのか、怪しいところだ。
「あっと…ルイ、です。今朝は…その、踏んづけちゃってごめんなさい」
そう言えば相手の名前を聞いただけで名乗り忘れたような気もするルイである。
なんと言うべきか悩んだので、とりあえず彼が今朝の謝罪をしてみると、瞬間、
大きい少年が吹き出した。
「お前踏まれたのかよ。どんくさいな」
ぴくり、と眉を上げたちはやは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
おもむろに開かれた小さな口から飛び出したのは、強烈な悪口だった。
「ふん、力だけが取り柄のレキに言われたくないね。この前も勢い余って机で瓦
割りしたのは誰?」
「なんだ、ちはやがチビでひ弱なのが気になってるって?そりゃあ仕方ねえなあ
」
対するレキも笑顔で応戦。
だがちはやも負けていない。
というか、完全にちはやの方が優勢だ。
「別に入口で支えるようなデカい図体なんて要らないけど。レキってば横に成長
し過ぎなんじゃないの、断食するなら手伝ってあげるよ」
一言に対して二言も三言も言い返すちはやである。
先ほどのアスカといい、よくもまあ、そこまで皮肉が出てくるものだと、ここま
でくると感心するしかない。
ふふん、とせせら笑う表情が様になっているが、齢10やそこらでその表情が似
合うのはどうかと思う。
天然でマイペースなミヨが、まくし立てるのを忘れて怯むなんて余程のことだ。
「…そ、そう言えば、ミヨは何を怒っていたの?」
ルイの後ろで呆気にとられていたサヤが、さっきからどうやら放心しているらし
いミヨに話を振った。
ヒートアップしていく少年2人の会話には口を挟みたくないようだ。
恐いのかもしれない。
サヤの呼び掛けでやっと2人を認識した様子のミヨは、我にかえったように叫ん
だ。
「ミヨの財布なんです」
少年2人も言い合いを止めてミヨを見ている。
「財布…って昨日盗られたヤツ?」
「そうですよ、昨日のこそ泥です」
2人を指差すミヨの指が震えている。
どうやら怒りがぶり返しているらしく、彼女の黒髪は宙を踊り始めていた。
慌ててルイが制止に入る。
「ひ、ひと違いだよミヨ。だってちはやは黒頭巾なんて知らないって言って…」
「ないけど」
再び絶句するルイ。
「…え?」
どういうことだ。
ルイは混乱している頭で必死に記憶を探る。
思い出せ思い出せ。
今朝の話だ。
ルイは確かに彼に黒頭巾を知らないかと訊ねた。
それは間違いない。
問題はその後だ。
彼は、彼の答えは確か、こう肩をすくめて。
「ボクはイエスともノーとも答えてないハズだけど?因みにボクが黒頭巾かどう
かと言う問いなら…イエスだ」
答えを聞くが早いか飛びかかったミヨをバックステップで交わしたちはやは、赤
いバンクルをはめた右手をひらひらと振った。
相変わらず口元にだけ、うっすらと笑みを貼り付けた彼は野次馬から伸びてきた
腕も払いのけて笑う。
そう言えば、黒頭巾は盗賊の一種だとか言っていた。
街中でも盗みをしたのかもしれない。
いや、明らかにしていそうだ。
「でも、動く前にボクらに気付いたのは君が初めてだよ。そうだなあ…じゃあ、
特別ルール。10分以内にボクを捕まえられたら、昨日の財布、返してあげても
良いよ」
さあ鬼ごっこだ、と彼は笑った。