弾丸のようなスピードで走り出したちはやをミヨが追いかけていく。
取り残された形になった2人と1匹に、これまた鬼ごっこに参加しなかったらしいレキがのんびりした声をかけた。
「懲りねえなあ、ちはやも。…あの女の子も可哀想に、アイツは鬼ごっこじゃ絶対負けないぜ」
欠伸をしたレキは続けて大きく伸びをする。
「ま、俺にゃ関係ねえけど。アイツ、また盗みをしたってバレたら絶対クロウにどやされるのにな」
それじゃな、と言ってレキは人混みに消えていってしまった。
どうやら彼は偶然ちはやと一緒にいただけで、黒頭巾とは無関係らしい。
しかも、そんなこんなしている間に2人はミヨを完全に見失った。
だがしかし、ここで引き下がれない2人である。
ユウがいない間にまた彼女が何か問題でも起こしたら、頑張っている彼に申し訳無い。
ルイは放していたサヤの手を、もう一度しっかり握って人混みに飛び込んだ。
一方、鬼ごっこを発案し、現在逃亡中のちはやは焦っていた。
彼としては少なくとも1分もあれば彼女をまけると思ったのだ。
しかしながら7分が経過した現在も、彼女はしっかりとちはやを追いかけてきている。
まだまだ息は切れていないが、彼の額にはイヤな汗が浮いていた。
「嘘でしょ…。どれだけ金に執着心があるんだよアイツ…?」
ちはやの足の速さは自他共に認める駿足だ。
その速さは尋常ではない。
今まで数え切れないほど盗みを繰り返している彼が未だに全く捕まっていないのは、偏にその足の速さのおかげと言っても過言ではないのだ。
その足で、まけないなんて。
彼にとってそれは、恐怖以外の何物でもなかった。
「こうなったら…」
屋根の上を走っていた彼は後ろに彼女の姿があることを確認した後、工事中の街道に飛び下りた。
そのまま彼女が追い付くのを待つ。
僅か5秒足らずで彼女は追いついて来た。
恐るべき執念だ。
「もう逃げないんですか?じゃあさっさとミヨの財布を返すですよ」
「誰が。まだ1分も残ってるよ」
吼えるミヨに涼しい顔でそう返したちはやは、両手に腰の短剣を抜いた。
「出でませ龍神…」
空気が緊張していく。
黒髪の少年から発せられるそれは魔力とは違う。
しかし確かに空気が変わっていく。
この感じ。
彼女はこれと良く似た感覚をとても良く知っている。
ヤバい。
コレは、マズイ。
ミヨはベルを左手に召喚し、同時に右手で簡易の陣を描いた。
「詠唱省略、スペクタルガード」
「光纏いて大地を貫けっ」
ミヨが使用したのは中級の補助魔法。
彼女の魔力は中下級のA評価。
ランクS魔法を詠唱省略で使用するのは出来れば避けたい所だが、四の五の言っていられない。
そして彼女のその判断は、結果的に正しかった。
一瞬遅れて彼女の頭上から閃光が迸る。
大樹のようなそれは、ミシミシと音を立てて、彼女が張ったシールドにめり込んできた。
いつもミヨが使っているシールドなんて紙程の強度もなかったろう。
止まらない、と判断した彼女は更に2重に同じシールドを張る。
しっかり詠唱しても3つ同時発動は辛い中級魔法。
しかも、詠唱省略で使用するという無茶ぶり。
発動する瞬間に陣を描く事で、負担は多少軽減しているが、今にもぶっ倒れてしまいそうなミヨである。
更に彼女は妙な感覚を覚えていた。
光がシールドを食い破る感じが攻撃系の魔法とは少し違うのだ。
もしかして、魔法じゃないのか。
見たところ魔法以外だとは思えないが、どちらかというと打撃攻撃のような感じがする。
光の正体は強力な雷で、属性は木。
これは間違い無い。
彼女の得意属性は木である。
間違える訳が無い。
と、いうことはつまり。
「まさか、本物の…自然の雷なんですか…?」
魔力による精製物ではなく、助勢もなく、調律もない。
完全に自然の、天の怒槌、もとい雷であるならば。
彼女のシールドを易々と突破してくるのも頷ける。
魔法では防げるはずがないのだ。
魔法で作り上げたシールドは、成る程、あらゆる魔法に対しては絶対の強度を誇るがしかし。
魔法以外の直接攻撃には、てんで弱いのである。
補助魔法のシールドとはあらゆる魔法に対抗する為のものであって、それ以外の何物でも無い。
故に。
コレでは、止まらない。
シールドが破壊されていく。
避けられない。
直撃する。
ミヨは観念して歯を食いしばり、目を固く瞑った。
瞑って、何秒か経つが一向に激痛はやってこない。
どころか、まわりがやけに静かになっている。
「あ、あれ…?」
恐る恐る目を開いたミヨの前方に誰か立っている。
振り向いた彼は自分の身長より大きな槍を一振りして、未だ残る紫電を払った。
「…っは。ミヨ、大丈夫?」
嘘だ、とミヨは思った。
信じられない。
だが肩で息をするルイは、どうやらシールド諸共に雷をぶった斬ったらしい。
武器である槍は金属性なので、確かに木属性の雷には有効だが、例えそれを知っていたからと言っても実際にやって退けるのはそう簡単では無いはずだ。
そして、雷が消えてしまったことが信じられないのはミヨだけではない。
「うっわあ、マジかよぅ…雷をぶった斬るヤツなんて、初めて見た…」
ちはやが、驚いた顔でかなり真剣にビビっていた。
確かに実際問題、そんなヤツは滅多にいないだろうとミヨも思う。
因みにミヨのベルも金属性だが、彼女には雷をぶった斬る勇気は無い。
「良かった、間に合った…。2人とも、走るの、速くて…探すの、大変だったんだよ?」
花が咲くような、いつもと変わらないルイの笑顔で現実に戻ってきたミヨは、情けなく地面にへたり込んでしまった。
腰が完全に抜けていて、更に足が笑っているのを今更ながら他人事のように自覚する彼女である。
一定以上の生命の危機にさらされると、身体感覚は麻痺状態になってしまうらしかった。