ライルを胸に抱いたサヤが3人に追い付いたのは、すっかり事が済んだ後だった。
昼前と違い、人気の無い工事中の地面には巨大な円形の堀が出来ている。
ちはやの呼んだ雷が、一撃目でミヨのシールドの丁度外側の地面を抉った跡だ。
詳細を知らないひとからすれば謎のクレーターに違いないが、ミヨがシールドを使う一瞬前、彼女が魔法具を呼び出した時の空間の歪みに気付いたのはサヤの方なので、それも直ぐに合点がいった。

サヤは魔法系の事象に関して妙に勘が鋭いのである。

因みにルイは全く気付かなかった訳ではないのだが、気のせいだと思っていた。
彼はサヤと違い、魔力に対してあまり感受力が無い。

そういう訳で、運動はあまり得意でないサヤから話半分聞くが早いか、あまり状況を把握していない状態で2人の間に割り込みに行ったルイだった。
恐らく、彼は未だに事の全貌を完全には理解していないだろう。
彼はそういう無茶を素で出来る人種…良く言えば勇敢で、悪く言えば無鉄砲と言うやつだ。
珍しい、場合によっては重宝される性質である。

サヤの腕から抜け出したライルが、件の彼の頭に向かって飛んでいく。
まだこちらに気付いていないらしい彼は、地面に突き立てた槍を支えにして、ミヨを助け起こしているところだった。
「大丈夫?」
なんだかふらふらしているミヨは焦点の定まらない目でサヤを見上げ、大丈夫ですと言った。 

「…まあ、そんなとこだろうなあ」
間延びした声が不意にそう言って、何かがミヨ向かって飛んできた。
辛うじて受け止めたソレは、小さな鈴が付いた布製の財布。
「ミヨの、財布…?」
どうして財布が飛んでくるのだろうか。
ミヨを気遣いつつ、後ろを振り返ったルイはちはやの後ろに見知った顔を見つけて驚いた。
「うちの者が失礼をしたようで、申し訳ありませんでした。少し足りないかも知れないのですが…」
財布が飛んできた方向、即ち、ちはやの後ろにはスローイングモーションのレキ、その少し後ろにユウと、誰か女の子の手を引いている少年がいる。
恐らく、先ほどの間延びした声はレキのものだが、今し方、謝罪と共に端正な顔を歪めたのは見知らぬ少年の方だ。
そうしてその少年は、またも情報処理が追いついていないルイ達の方へと、ゆっくりと歩み寄ってくる。
対して抗議の声をあげたのはちはやだった。
「クロウ、なんで返しちゃうんだよ。しかも、金まで入れて…今日の分のパンはどうするのさ。みんな、お腹を空かせて待ってるのに」
クロウの体型は、小柄で細いちはやをそのまま引き伸ばしたかのような細身。
肩までの茶髪はストレートで、ガーネットの涼しげな目元には美しい刺青が施してある。
その刺青を歪めてクロウは声音を低くした。
「だからと言って、勝手に他人の物を取ってはいけないと、あれほど言い聞かせたでしょう。レキに話は聞きました。ちはや…また盗みを働いたそうですね」
「それは…それは。そんなの…だって…」
勢い良く飛び出していたちはやの声が沈んでいく。
だんだん尻すぼみになった言葉は最後、完全に消えて聞こえなかったが、どうやら彼も、盗みはしてはいけないこと、と分かっているらしい。
ただ、分かっているだけだが。
俯いたちはやは拳を握り締め、舌打ちをした。
「なんだよ…裕福な奴らから余剰分を掠めて何が悪いんだ…くそ」
呻くようにそう言って、ちはやはルイ達を睨みつけた。

モスグリーンの瞳がどす黒く深みを増して、研ぎ澄まされた刃の切っ先の如く鋭い視線が、ルイ達に突き刺さる。
焼け付くようなそれに込められているのは、怒りや羨望なんて生易しい感情ではない。
憤怒、憎悪、嫉妬、目に映る全てを否定するような強烈な感情がごった返し、入り混じって更に深い深い黒へと続いていく。
ルイは思わず息を呑んだ。 

思い、出した。 

あの瞳は、見覚えがある。
あれは、昔、鏡で見た、自分の瞳だ。
味方なんていないと思っていた頃の、自分の瞳。
初めて出会った時に、彼の瞳が笑わないと感じたのは、間違いなどではなかったのだ。
あの頃の自分も、笑わなかった。
笑えなかった。
常に気を張って、近づくものを片っ端から疑った。
きっと彼は今、そんな闇に身を置いている。

幸せが、赦せない。
他人と、自分が赦せない。
あれはそういう目なのだ。 

「…ルイ?大丈夫?顔色が随分悪いけど…」
サヤは雰囲気を読むのが上手いのを忘れていた。
昔から、彼女には独特の勘がある。
ルイはなんとか笑顔を繕って、大丈夫だと言い、ちはやに視線を戻した。
「いいよね、お前らはさ…」
そう言った彼に剽軽な少年の面影は無い。
文字通り豹変した彼の雰囲気に怯えたミヨがルイにしがみついた。
「お前らは飢えで眠れない夜なんて体験したことも無いんだろ」
抑え込んだ、刺々しい声。
今にも爆発しそうなほどに攻撃的な感情を、押し殺しているのは彼の理性なのだろう。

彼はまるで、刃物のようだ。
理性と言う鞘が無くなった時、彼はきっと全てを壊していく。
周りだけではない。
そう、それは例え、自分自身でさえも。
かつての自分に重なる彼を見ながら、ルイはそう、寂しさにも似た何かを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 
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